表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
420/451

第286話『崩れてく⑳ 夢から覚めた時。』

ときどき、目を覚ました瞬間に

「さっきまでどこにいたんだろう」と思うことがあります。

夢とも違う、でも“どこかの現実”のような感覚。

タケルが見たのは、そんな境界の向こう側――

まだ名前のない“もうひとつの世界”でした。



---

「タケル…」


その声に、意識の底から浮かび上がるように目を開けた。

視界の先で、アスが心配そうにタケルを覗き込んでいる。

プラネタリウムの淡い照明が、アスの頬の輪郭をかすかに照らしていた。


タケルはまばたきを繰り返しながら、体を起こす。

「えと…ここどこ?」


アスはますます深刻な顔になり、

「タケル。ぼくのこと、わかる?」と聞く。


タケルは少し首をかしげて、

「アス」と答えた。


アスはほっと息を吐き、胸に手を当てて安堵する。

タケルは周りを見回しながら、小さくつぶやいた。

「ぼく、寝てたの? 夢?を見た。いや…夢じゃない、その世界の現実を見てた。」


アスはその言葉を静かに受け止めるように、じっとタケルの瞳を見つめた。

そして「あとで聞かせて」とだけ言って立ち上がる。

「起きないから、2回投影を見た。そろそろ出ないと」


そう言ってタケルの腕をそっと掴み、立たせた。

二人は出口へ向かい、ドームを抜ける。

外の空気は少しひんやりしていて、星の光の代わりに廊下の照明がやさしく床を照らしていた。


お土産売り場のそばにあるベンチに、二人は腰を下ろした。

「兄ちゃんは?」とタケルが尋ねる。

「電話しに行って、まだ戻ってこない」

アスはそう言いながら、心配そうにタケルを見つめ続ける。


タケルはその視線に気づき、

「ありがとう。大丈夫だよ」と微笑み、パーカーのポケットに手を入れた。

指先に残る体温が、まだ夢と現実の境目を曖昧にしていた。


しばらくして、龍賢が電話を終えて戻ってきた。

「タケル。大丈夫か?」

心配そうにタケルの前にしゃがみ、顔を覗き込む。


「大丈夫だよ。ごめん」

タケルは少し照れたように笑った。


龍賢はアスに一瞬視線を送り、それからまたタケルの方を向いて言った。

「病院の先生に電話したら、今からタケルを病院に連れて来るように言われた。

ごめん…病院に行こう。」


タケルは一度アスを見た後、目を伏せてゆっくりと頷いた。


――静かな車内。

エンジンの低い音だけが、夜の底を滑っていく。


アスは窓の外を見つめていた。

街灯の明かりがひとつ、またひとつ、流れていくたびに、

その横顔が淡く照らされ、また闇に溶けていく。


龍賢は時おりバックミラーでタケルの様子を確かめる。

タケルはぼんやりと窓の外を見つめ、何かを考えているようだった。

その表情には、どこか遠い場所を見ているような静けさがあった。


アスを送り届け、病院へ。

待合室の時計の針が、淡々と音を刻む。

医者に呼ばれ、龍賢が説明を受ける間、外の空はすっかり暗くなっていた。


病院を出る頃には、夜の空気がしっとりと肌を包む。

タケルは龍賢の隣の席に座り、ハンドルを握る兄の横顔を見つめた。


「兄ちゃん、今日はありがとう。昨日も。楽しかった。

ごめん、ぼく…こんなで。」


そう言って、タケルは視線を窓の外に移した。

街の光が遠ざかる。

フロントガラスの向こうには、微かに霧が漂っていた。


――今が、まるで夢の続きのように。


龍賢は何も言わず、前を見据えて車を走らせる。

その手はしっかりとハンドルを握っていた。

霧の中でも道を見失わないように。


タケルはそっと目を閉じる。

車の振動が、遠い星の鼓動のように感じられた。


夜は静かに、二人を包みこんでいった。




世界はいつも、ひとつだけだと思い込んでしまうけれど、

本当は、そのすぐ隣に

もうひとつの“現実”が静かに流れているのかもしれません。

タケルが感じた揺らぎは、

夢の名を借りて訪れた何かの記憶。

夜の静けさの中で、それはまだ

かすかな光のように、彼の胸に残っていました。


---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ