第282話『崩れてく⑯ 夢のような夢の話Ⅱ夢見る宇宙。』
朝の教室には、夜とは違う種類の静けさがある。
光に透ける机の影、揺れる木々の音、ページをめくる小さな音。
その穏やかな世界の中で、ふたりの少年は
“宇宙は誰の夢なのか”という、目には見えない問いをそっと広げていく。
このお話は、日常の光の下でこっそり生まれた、そんな小さな宇宙の一瞬です。
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目を開けるとそこは夏の朝の教室。
アスはノートの端に、小さな渦のような模様を描いていた。
タケルはとなりの席でそれをのぞき込みながら言う。
「それ、なに?」
「宇宙の夢。」
アスはえんぴつの先で、くるくると渦を広げた。
「もしさ、宇宙がひとつの生きものだとしたら、
今ぼくらが見てる星も、空も、ぜんぶその“夢”なんじゃないかなと思って」
タケルは少し黙って、窓の外の光を見た。
木の葉が風に揺れて、影が机の上にやわらかく動いていた。
「でもさ、夢っていずれ覚めるよね」
「うん。でも宇宙の夢は、長いんだよ。
たぶん、ひとつの銀河が生まれて消えるまでが“まばたき”くらい。」
アスはそう言って、ノートに小さな星を点々と描いた。
「ぼくらは、その夢の中のほんの一瞬の光。」
タケルはえんぴつを手に取り、星と星の間に線をつないだ。
「じゃあさ、この線を引くことも、宇宙の夢の続きなんだね。」
「そう。だからね、タケル。」
アスは少し笑って言った。
「宇宙が夢を見ているあいだに、ぼくらも夢を見られる。
それって、ちょっとすごいことじゃない?」
チャイムが鳴って、子どもたちの声がざわめく。
ノートの上の小さな星たちは、午前の光に透けて、
まるで今にも空へ浮かび上がっていくようだった。
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夢は目を閉じたときにだけ見えると思っていた。
でも、宇宙は目を開けたまま夢を見ているのかもしれない。
その夢の中で、ぼくらは「現実」と呼ばれる夢を見ている。
タケルは自分の手を見つめた。
これは確かに“今”の現実…
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夢と現実は、くっきり分かれているようでいて、
ふとした瞬間に境目が溶けることがある。
宇宙がまばたきするほどの長い夢の中で、
ぼくらは小さな存在でありながら、
その夢の一部を“生きている”のかもしれない。
ノートの上の星々が光に透けたように、
現実もまた、どこかで大きな夢の模様につながっている――
そんな感覚が、読んでくださったあなたの心にもそっと残りますように。




