第280話『崩れてく⑭ プラネタリウム』
光の中に閉じ込められた硝子の世界も、夜空に瞬く星々も、
どちらも僕たちに静かな感動を届けてくれる。
このお話は、少年たちがふと立ち止まり、目の前の光と心の奥に揺れる感情に気づく一瞬を描いた一編です。
プラネタリウムの光が、過去と今、夢と現実をつなぐ瞬間を感じてください。
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食事を終え、三人はプラネタリウムへとやって来た。
建物の中は外の喧騒とは違い、ひんやりとした静けさに包まれていた。
ドームの天井には淡い青の照明がゆらぎ、遠い海の底にいるような感覚がする。
「わぁ、凄い!寝ながら観られるんだね」
タケルが嬉しそうに言って、アスと目を合わせる。
「本当、凄い。」
アスも少しはにかみながら頷いた。
二人の表情を見て、龍賢は微笑みを浮かべる。
「ここのプラネタリウム、シートも座り心地最高だよ」
ふかふかのシートに体を沈め、背中から包みこまれるような感覚。
「本当!凄いふかふか〜」
タケルが体を沈めながら目を輝かせる。
「ねぇ兄ちゃん、来たことあるの?」
龍賢は小さくうなずいて、「前にね」とだけ答える。
「誰と?」
タケルが首をかしげて尋ねると、龍賢はわずかに目をそらして言った。
「誰でもいいだろ」
タケルはその横顔をじっと見つめる。
「もしかして…ひとりで?」
少しだけ同情するような目つきで聞く。
龍賢はふっと息をもらして、
「お前、俺をどんなやつだと思ってる?」
と肩をすくめる。
タケルはニヤリと笑ってからアスを見る。
「え…どんなって…アスは兄ちゃん、どんな人だと思う?」
パンフレットを熱心に眺めていたアスは、ちらりと龍賢を見て、
「へんなひと」
と短く言って、口元を少しゆるめた。
龍賢は思わず吹き出して、
「かなり失礼なやつらだな。しかもアスにだけは言われたくない。
お前ほど変なやつ、会ったことないぞ」
アスはパンフレットを見つめたまま、穏やかに言う。
「会ったことないなんて、嬉しいよ。」
龍賢は首をかしげて笑う。
「本当、変なやつだな」
その笑い声に、タケルもつられてニコニコして
『お姉さんと来たんでしょ?』と龍賢を見ていった。
龍賢は懐かしむように微笑み、
『初めて出掛けた時来た場所。』と呟きシートに深く座り直し目を閉じた。
やがて館内の照明がすっと落ち、世界が静かに沈む。
暗闇に包まれた瞬間、空間の天井いっぱいに一粒の光が弾けた。
その光は波紋のように広がり、
やがて無数の星が夜空を埋め尽くす。
星々は瞬き、また消える。
生まれては滅び、滅びてはまた生まれる。
その光の群れが集まり、まるで天の川が巨大なハンモックのように揺らいでいた。
タケルはその下で、息をひそめるように見上げていた。
遠い宇宙の呼吸に包まれるように、
瞼が少しずつ重くなっていく。
——誰かが呼ぶ。
「タケル。タケル…」
アスの声。
タケルはゆっくりと目を開ける。
そこには、あのプラネタリウムの光ではなく、
ある夏の夜の、本物の星空が広がっていた。
風がそっと頬を撫でる。
遠くで虫の声がして、夜の匂いが戻ってくる。
夢と現の境目が、静かにほどけていった。
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暗闇の中に浮かぶ星の一つ一つは、儚く、そして確かにそこにある。
見上げる者の心に触れるその光は、夢の中の記憶や思い出と交わり、
静かに胸に残る。
プラネタリウムの星々も、夏の夜の本物の星空も、
それぞれの瞬間に、少しずつ僕たちを変えていくのかもしれません。
光の中で過ごした時間の余韻が、読んでいるあなたの心にもそっと残りますように。
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