43話「かみさまのつくりかた」』
神さまって、どこにいるんだろう。
空のうえ? 宇宙のむこう? それとも――。
でももし、神さまが「そこにいる」んじゃなくて、「そう思うぼくたちの目」が神さまだったとしたら?
世界のまんなかにいるのは、神さまじゃなく、ぼくたちの“見かた”なのかもしれない。
アスは、帰ってきていた。
あれから三週間。なぜいなくなっていたのか、理由は言わなかった。
けれど、まるで何もなかったみたいに、タケルの部屋にやってきて、いつものようにちゃぶ台を囲み、ノートを広げている。
外では風がざわざわ。
雨のにおいがして、空気は少しぬるい。
「神さまって、どこにいると思う?」
アスが言った。
「……なんで、いきなり?」
「さっき、道で会ったおばあさんが言ってた。“いい子にしてたら神さまが見てくれてる”って」
タケルは寝そべりながら天井を見た。
「うーん……そりゃあ、空の上とか?」
「たとえばさ――」
アスはちゃぶ台に顎をのせて、目をすっと細める。
「神さまが“見ている”んじゃなくて、“神さまが見てると思ってるぼくたち”が、神さまを作ってるんだったら?」
「え……?」
「昔の人たちは“太陽が地球のまわりを回ってる”って思ってた。
でも、コペルニクスって人が『逆だよ』って言った。
地球がまわってるんだって。
そしたら世界の見え方が、がらっと変わった」
タケルは目を見開く。
「それ、……なに? 革命じゃん」
「それが“コペルニクス的転回”。
自分が世界のまんなかにいると思ってたけど、実はそうじゃなかったっていう“ひっくり返る気づき”。」
アスの声は小さいけど、なぜか胸に残った。
「……じゃあ、神さまも、ほんとうはいないの?」
「“いる”とか“いない”ってことより、
“いると思うぼくらの目”が、神さまそのものかもしれない。
世界は、見かたで変わるから」
タケルは黙って、ちゃぶ台の上の鉛筆を見つめた。
……なぜだろう。鉛筆が、自分をじっと見ているような気がした。
「それってさ、ぼくたち自身が神さまってこと?」
「かもね。もしかしたら、“見てるぼくらの目”が、いちばん世界に影響を与えてる」
沈黙。
「……でも」
タケルは、少しうつむいて言った。
「ほんとうの神さまがいた方が、安心する気もするな。だって……見られてるって思うと、ちゃんとしようって思えるし」
「うん。だからきっと、昔の人は“神さま”を考えたんだ。
見られてるって思えば、悪いことしないから。
でも……その“見る目”は、ほんとはずっと、自分の中にあったんじゃないかな」
そのとき――
ガラリ、と戸が開いた。タケルの兄が、夕食の準備ができたことを知らせに来た。
「小学生が神さまやコペルニクス語ってると、ちょっと笑えるぞ」
と、お茶碗を片手に笑った。
アスは「ほんとだよね」と笑い返しながらも、ちゃぶ台のノートをゆっくり閉じた。
タケルがふと部屋のすみに目をやる。
昼間なのに、そこだけすこし暗い。
でもそれは、光の問題じゃない。
まるで――誰かに、じっと見られているような気がした。
それは怖いようで、
すこしだけ、安心する気もした。
だれかが見てくれてるって思うと、なんだか安心する。
でももし、その“だれか”をつくってるのが、自分の心だったら?
神さまって、もしかしたら、世界のすみっこにいるんじゃなくて――
ぼくらの“見つめる目”のなかに、ずっといたのかもしれない。




