第262話『世界を創る人』
弟がコードで“自分の街”をつくる姿を通して、
世界をかたちづくる「小さな意識」について描きます。
数字や音、コードの線が、
一つの“宇宙”として動き出す――
それは、誰の中にもある創造のはじまり。
アスの家のリビング。
床いっぱいに白や黒のコードが入り組み、まるで町の地図のように広がっていた。
弟はその上に座り込み、小さな車を手で押しながら、口の中で「あ=1、い=2…」とつぶやいていた。
一本のコードを橋に見立て、別の線に車を滑らせる。
車がカーブを通り抜けるたび、指先で微かに道を調整し、時折交差点を作る――まるで自分だけの小さな街を動かしているみたいだった。
タケルは思わずつぶやいた。
「すごいな……コードを並べて道にしてるんだね」
アスは立膝で足を抱え、静かに弟を見つめる。
「そうなんだ。急に抜かれると困るけど、本人は夢中で遊んでる」
タケルは床の道を指でなぞりながら、声をあげた。
「へえ、ここで交差して……橋もある。ちゃんと道路みたいだ」
アスは微かに笑った。
「うん。でも家中のコードだから、ネットやゲームが止まったりして、ちょっと困るんだよね」
弟は静かに、車を橋に置き、交差点をゆっくり通らせる。
「あ=1、い=2……」
数字と母音をつぶやく声は、まるで小さなルールで世界を動かす呪文みたいだった。
アスはぽつりとつぶやいた。
「弟は、自分の宇宙を造ってるんだよ。宇宙をつくる神さま」
タケルは目を丸くした。
「本当だ……神さまみたいだ」
アスは静かに視線を天井へ向け、続けた。
「ぼくたちも、こんな風につくられてるのかも」
タケルは天井を見上げた。
リビングの大きな窓から差し込んだ光が壁や天井に反射し、柔らかく部屋を照らしていた。
その光の中で、タケルは何かと目が合った気がした。
一瞬だけ、空間のどこかに“誰か”がいるような、そんな気配だった。
二人はそのまま、弟の小さな宇宙と、目に見えない世界の存在を静かに感じていた。
弟の遊びは、
“世界がどのようにできているのか”という問いそのもの。
自分のルールで小さな宇宙を動かす姿は、
どこかで見えない誰かが、
この世界を同じように創っているのかもしれない――
そんな静かな気づきを残します。




