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第261話『あいうえおの数』

弟が「あいうえお」に数字をつけて遊ぶ姿を通して、

言葉の“意味”ではなく“響き”や“色”の世界を描きます。

ランボーの詩のように、

音が光や景色になる瞬間――

それは、世界がまだ言葉になる前のやさしい魔法です。


アスの家の居間。窓から射し込む午後の光が、床に四角く広がっていた。

弟はその光の上に座り込み、紙のカードを並べながら、何かを口の中でつぶやいている。


「“あ=1、い=2、う=3……”」

小さな声が、数字と母音をつなげながらリズムを刻んでいく。


タケルはその様子をじっと見つめ、少し首をかしげた。

「……不思議だな。あいうえおを、数字にしてるんだ」


アスは弟を見守るように微笑んで、静かに言った。

「うん。まるで道路をつくってるみたいに並べるんだ。『お=5』を置くときが、一番嬉しそうなんだよ」


タケルは思わず笑みをこぼした。

「へえ、なんか楽しそうだね」


アスは窓の外に目をやり、少し声を落とした。

「そういえば……昔の詩人も、母音に色をつけていたんだ」


タケルは驚いた顔で振り返る。

「昔の詩人みんな?そんなことしてたの?」


アスは首を振って、微かに笑った。

「いや、ランボーっていう詩人。十代のときにね、母音をこんなふうに呼んだんだ」


アスは弟の声に合わせるように、ゆっくり口にする。

「“Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青”」


弟の並べたカードの上に、ちょうど夕方の光が落ちて、赤や緑の影が滲む。


タケルは息を呑んだ。

「……音に色を感じるなんて、魔法みたいだ」


アスは弟の背中を見つめながら、柔らかく言った。

「ね。弟が数字で遊ぶのも、ランボーが色で詩を描いたのも……きっと言葉の奥に、別の景色を見てたんだと思う」


タケルはしばらく黙ってから、小さくつぶやいた。

「“あいうえお”って、ただの音じゃないんだな……」


弟は何も気づかないように、静かにカードを並べ続けている。窓の外で風が吹き、カーテンがふわりと揺れた。二人はただその光景を見守っていた。



---


弟の遊びは、言葉の奥にある「感じる世界」への入口です。

音や数、色が混ざりあうその瞬間、

言葉はただの記号ではなく、

世界をそっと映す小さな窓になるのかもしれません。


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