表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
392/449

第258話『誰かを想う事④』

第258話『誰かを想う事④』は、

言葉が互いの心に触れ、

しかし完全には届かない――そんな瞬間を描く回です。


親子であるはずの二人が、

互いの痛みや過去の影を前に、

ぎこちなくも真実を言葉にする。


タケルという存在が、

龍賢と父親の間に小さな光を差し込む。

それは、まだ完全ではないけれど、確かに存在する光。



『理由がなかったら兄ちゃんはそんな事しないよ』タケルは柔らかい声で言った。

父親は頭をかき、居心地悪そうに「はいはい、そうですね」と笑ってみせたが、笑いは乾いていた。

「タケルは優しいな。ごめんな〜タケル」

「ぼくじゃなくて、兄ちゃんに謝ってよ」


父親はため息をつき、視線を泳がせながら「はい。ごめんなさい、龍賢くん」と投げやりに口にした。


龍賢はフッと笑い、声を低くした。

「その後、あんたが俺をめちゃくちゃ殴った」


父親はタケルを一瞥し、「それは…お前が理由を言わないから、暴力はよくないって教えようと…」と呟いたが、その声は自分にさえ届いていないようだった。


「暴力はよくないって、暴力で教えた?」

龍賢はわずかに笑みを浮かべ、しかし目は鋭く、父親を射抜くように言った。


「ちがう、それは龍賢が――」


「もーやめてよ!」タケルが声を張り上げた。「いつも顔を合わせれば喧嘩ばっかり。仲良くしてよ!兄ちゃんも、お父さんに“あんた”なんて言わないで!」


父親はタケルの言葉に押され、苦笑して肩を落とした。

「はいはい。…息子。これからは仲良くしようじゃないか」

そう言って、ぎこちなく手を差し出す。


龍賢はタケルの視線を感じた。心配そうな瞳。

一度息を吐き、父親を見据えて言った。

「…あんたは、いつも大事な部分を話さない。大事なことを隠す」


その瞬間、父親の瞳が小さく揺れた。

龍賢はその揺れを見逃さず、さらに言葉を重ねた。

「ずっとそうやって、無かったことにして隠して生きていくの?――哀れな人だね」


低く響いた言葉を残し、龍賢は部屋を出ていった。


残された空気は重く、どこか冷たかった。

「ほら!お父さんが意地悪だから兄ちゃん怒っちゃったよ。人の気持ち考えなさいって、お母さんにいつも言われてるでしょ。言葉をちゃんと選ばなきゃ」


タケルに叱られ、父親は頷きながらも、視線は遠く宙を漂っていた。

その目は、今ここにあるはずの息子ではなく、もうどこにもいない何かを見ているようだった。


やがて父親が露葉を送っていくと言い出し、タケルと露葉は彼と共に車に乗り込んでいった。


父と子。

寄り添うようで、すれ違うようで。

親子の絆は時に深い断層を抱えたまま続いていく。

――父と息子は、生まれた瞬間から「他人」として向き合わざるをえないのかもしれない。

そして、その溝を埋める言葉は、いまだ見つからないままだった。



---




親子の関係とは、時に言葉より重い沈黙でできています。

龍賢の言葉は、父の目を揺らしたものの、

それでもすぐに理解されるわけではない。


タケルが差し込む光は、

少しだけ温かく、しかし脆い希望。


「誰かを想うこと」は、

ただ優しさを与えるだけでなく、

痛みや距離を直視する勇気でもある――。


居間の空気に残った冷たさと温もりは、

そのまま彼らの関係の象徴のように、静かに夜の中に溶けていく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ