第254話『誰かを祝う日⑦』
光は、触れようとすると遠のく。
けれど、人はその光を見つめずにはいられない。
『誰かを祝う日⑦』は、
贈り物という形を借りて描かれる、
「触れたい」と「触れてはいけない」のあいだに揺れる物語。
龍賢のまなざしに映る露葉は、
現実の人間でありながら、
まるで一枚の絵画や彫刻のように――
静かな美の構図としてそこに存在している。
彼女の仕草、光の反射、香り。
それらすべてが、言葉では届かない「心の距離」を描き出す。
『え?私に?』
露葉の声はかすかに震え、両手で紙袋を抱える。龍賢は静かに微笑み、うなずいた。
『ありがとう…』
膝の上で紙袋をそっと抱え、息を整える露葉。『開けてもいいの?』
龍賢はゆっくり頷く。『どうぞ』。目を細め、ただ彼女を見つめる。
窓の外では、白い雪が微かに舞っている。昼の光を受けた雪片が、時おり硝子越しにきらめいた。居間には暖房のぬくもりと、露葉がいつも纏う金木犀の甘やかな香りが漂っている。その香りに包まれるだけで、龍賢の胸は不思議と締め付けられる。
包み紙を丁寧に開き、箱を取り出す。開けると、月と星をモチーフにしたアシンメトリーの耳飾り。黒のラインストーンが夜空の星のようにきらめき、室内の光を受けて微かに揺れる。その繊細な直線と曲線の組み合わせは、まるでアールデコの装飾品のようで、幾何学的な美しさを宿している。
露葉は背筋をすっと伸ばす。ショートより長くボブより短い漆黒の髪の束を耳の後ろにかき上げると、白く細い首筋が静かに浮かび上がる。龍賢の視線は無意識に首筋の緩やかなラインを追う。
指先で耳飾りをそっと装着すると、光を受けて微かに揺れる宝石の輝きが、彼女の横顔や首筋の滑らかな曲線に沿って反射する。龍賢の視線に気づき遠い瞳で見つめてくる。その瞬間、思わず息をのむ。
露葉は目を逸らし自然に足を組み直す。白く柔らかそうな足、細い足首にアンクレットが輝く…足首のラインが幾何学的な弧を描き、足の爪にはさりげなくベージュのネイル。普段見えないその指先の曲線美に目を奪われ、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
龍賢は抑えられない衝動にかられ、彼女に触れようと手を伸ばす。しかし一歩踏みとどまり、思わず息を吐く。呼吸を整え、視線を逸らしながらも、露葉の動きのひとつひとつが美しい彫刻のように胸に刻まれるのを感じる。指先、首筋、耳飾りのライン、足の曲線――全てが彼女の無意識の造形美として、視界に浮かぶ。
露葉は耳飾りを確かめながら指で髪の束を整える。その仕草は自然でありながら計算されたかのように美しく、首筋や肩の角度、足のラインまでもが幾何学的な調和を描く。そしてふと、龍賢の方へ振り返り、彼女は遠い瞳を細め微笑んだ。
胸の奥で熱のような感情が芽生える。守りたい以上に「誰にも触れさせたくない」と思う、これまで感じたことのない独占欲。雪の光と金木犀の香りが混ざり合い、龍賢の呼吸を奪っていく。
――そして居間のインターフォンが静かに鳴った。
贈り物とは、相手の中に“触れられない場所”があることを
知るための行為なのかもしれない。
龍賢が見つめたのは、露葉の美しさそのものではなく、
その美の奥にある「痛み」や「記憶」の影だった。
祝福の朝に差す白い光は、
ふたりの心を照らすと同時に、
その間にある見えない境界線をも、はっきりと浮かび上がらせる。
そして――
鳴り響くインターフォンの音が告げるのは、
その静寂の絵の中に、
“現実”がもう一度、踏み込んでくるという予感。




