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第250話『誰かを祝う日③』

雪の夜、灯りに照らされたテーブルの上で、

誰かを想う心と、誰にも見せられない傷が静かに交錯する。


『誰かを祝う日③』は、

祝福という名の優しさの中に潜む「痛み」を描く章。

龍賢の目に映る露葉は、笑顔の奥に深い孤独を抱えていた。

その孤独は、誰かを思うほど強く、

そして、誰にも届かないほど繊細なものだった。


夜の光と影が交じる時間。

触れようとする手と、隠そうとする腕。

祝うことと、救うことのあいだにある、

人間のかなしみの輪郭が、そっと浮かび上がる。



---


テーブルに並べられたケーキは、宝石のように色とりどりだった。

赤や緑、透明なゼリーに閉じ込められたフルーツが光を受けてきらめいている。

切り分けられた一片が皿の上に置かれると、小さな宝石箱を開けたような華やかさが広がった。


「へぇ…綺麗なケーキだな。クリスマスって、誰かの誕生日みたいに蝋燭まで立てるんだな。面白い。」

龍賢がケーキをまじまじと眺めながら呟くと、露葉はくすっと笑って言った。


「子供みたい。」

「そうか?」

龍賢も口元に笑みを浮かべる。


「なぁ露葉。これ、二人分なんだよな?…どう見ても四人分はあるけど。」

「うん、五人分。異国情緒っていうお店で予約して買ったの。」


「異国情緒…?なんだか大正時代みたいな名前だな。タイムスリップして買ってきたのか?」

「そうなの。タイムスリップしたみたいなの。本当に素敵なお店で、大正のような外観でケーキもすごく美味しくて…龍賢にも食べて欲しくて。あ、タケルくんのクラスメイトの若林さんのご両親がやってるカフェね。母が“緑”、父がその母を溺愛して娘に“色”ってつけた、若林の色は緑…面白いね。若林さん家。」


龍賢は頬杖をつきながら露葉を見つめ、思わずくすくすと笑った。

「そっか。」


「ありがとう、買ってきてくれて。嬉しいよ。」

龍賢が穏やかに微笑むと、露葉は恥ずかしそうに俯いた。


「…あのね、タケルくんもクリスマスとかしないのかなって思って、タケルくんの分も買ったの。だから沢山になっちゃった。」


龍賢は露葉の横顔を見つめ、声を落として呟いた。

「ありがとう。…優しいね。タケルも喜ぶよ。」


その言葉に、露葉はさらに顔を赤くし、俯いたまま小さく頷く。

「露葉に会いたかった。」

静かに告げる龍賢の言葉に、露葉は答えるように再び頷いた。


――その瞬間。


頭の奥で、アスの声が蘇る。

「お姉さんの左腕を見たことある?」


なぜ今まで気づかなかったのか。

腕を見る機会はいくらでもあったはずなのに…。


食器を片づけ、ケーキを取り分けるために腕をまくった――

無意識のまままくられ露わになっている左手…。


視界に入った露葉の左腕。

白く細い肌は、傷で覆われていた。

古いもの、新しいもの。昨日つけたような掻き跡までが刻まれている。


アスの声が再び胸に響く。

「お姉さんは何かがあると、掻きむしるクセがある。傷だらけだよ。」


どうして、気づいてあげられなかったのだろう。

どうして、こんなこと ――。


――ねぇ兄ちゃん。

「どうして?そんなこと聞く方が酷なことだよ。」


龍賢はそっと、露葉の腕に触れた。

その瞬間、伏せられていた露葉の瞳が大きく見開かれる。

気づいたように青ざめ、慌てて龍賢の手を払いのけ、右手で左腕を覆い隠した。


重苦しい沈黙が落ちる。

蝋燭の炎が、かすかに揺れた。



「祝う」という行為は、本来“他者を想うこと”でありながら、

ときに、その優しさが痛みに触れてしまう。


露葉の笑顔の下にあったのは、

“祝われる自分”を受け入れられない心。

そして龍賢の胸に灯ったのは、

“見つけてしまった痛み”を抱きしめるための決意だったのかもしれない。


クリスマスの灯りが、

祝福と赦しと、沈黙の祈りのあいだで揺れている。

その微かな光こそ、

誰かを本当に祝うということの、

いちばん深いかたちなのだろう。

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