表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
379/450

第245話『君と僕と弟③重ならない世界』

同じ場所にいても、

同じ光を見ていても、

世界は少しずつずれている。


タケルには「夕日の綺麗な時間」があり、

シンには「光の動く時間」がある。

そしてアスには、その二つの世界のあわいで

静かに呼吸する時間があった。


『君と僕と弟③ 重ならない世界』は、

通じることと通じないこと――

その境界の静けさを描く物語。



「夕日が綺麗だね」

ソファに座っていたタケルが、退屈しのぎにパーカーのひもをつまみながら、指をさして小さく声をあげた。

髪に夕日が当たり、わずかに茶色に輝く。

指先と目の動き、ひもの揺れ、笑い声――すべてが冬の静かな光の中で小さく震えている。


アスは壁にもたれかかり、ポケットに手を入れたまま座っていたが、ふと足元に並べられたシンの絵本に目を向ける。

立膝をつき、そっと絵本の表紙に触れ、ページのざらつきを指先で確かめる。

視線はタケルとシンに交わり、微かに揺れる光の影に呼応するように止まる。


シンは模型の上で手を動かし、光の揺れに合わせてケタケタと笑う。

ページや模型に触れる指先が反射する光の小さな点となり、肩の揺れや呼吸のリズムが微かに室内に響く。

タケルは目を輝かせ、声を弾ませる。

「ほら、シンも喜んでるね!」


アスはシンの瞳のわずかな動き、手の触れ方、肩の揺れに目を細め、静かに理解する。

光の揺れに反応しているだけで、タケルが感じている夕日の温かさや美しさを、シンは共有していないことを。


アスは微笑み、静かに頷いた。

「そうだね」


タケルは夕日とシンの笑いを重ね、物語を作り、世界を共有したつもりでいる。

でもアスは知っている。

どれだけ見つめても、どれだけ想像しても、タケルにはシンの世界は理解できない。

共有できない孤独が胸にじわりと広がる。

きっと、この寂しさを抱えて、ぼくはずっと生きていくのだろう。

そしてシンは、そのことを知ることもない。


夕日が沈み、光が床に柔らかく溶ける。

模型の影が揺れ、シンのオウム返しのような声が小さく響く。

ページをめくる紙のざらつき、呼吸のリズム、手の微かな動き。

アスはそのすべてを静かに見つめ、共有できない世界線の孤独に、そっと息を吐いた。

夕日は悲しいほど綺麗で、光と影に包まれた室内で、アスは目を伏せ微笑んだ。



---


「共有する」という言葉は、

本当はとても儚い。


同じ瞬間に笑っても、

見えている世界はそれぞれ違う。

それでも私たちは、

重ならないまま、隣に座りつづける。


アスが見つめたのは、

“通じないこと”そのものの中にある優しさ。

夕日の中で揺れる光は、

決して一つにはならないけれど、

それでも確かに――美しかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ