第244話『君と僕と弟②違う世界』
言葉が通じるということは、
ほんとうに「理解する」ということだろうか。
弟・シンの世界では、
言葉よりも先に、
光の動きや指先の感覚が意味を持っていた。
『君と僕と弟② 違う世界』では、
アスとタケルが、シンの「世界の感じ方」に
静かに触れていく。
そこには、“違う”けれど確かな美しさがあった。
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午後の光はますます柔らかくなり、床に映る影が長く伸びていた。タケルはジュースを手に取りながら、シンの指先や視線の微細な動きに目を向ける。
シンは棚の本の間に置かれた小さな模型を手に取り、指先でそっと触れ、光の揺れを確かめるように少しずつ動かす。その動きだけが、シンの注意や関心を伝えていた。
アスはそっと声をかける。
「シン、ここを動かしてみて」
シンは手を模型に置き、わずかに前傾する。言葉を発した。
「みて」
アスは指先で模型の位置を示す。
「そう、ここ」
シンは声を繰り返す。
「ここ」
タケルはその様子を見て首をかしげる。意味を持った会話のように聞こえるが、理解は必ずしも伴っていない。アスだけが、指先や視線のわずかな変化から、シンが光や模型の配置に注意を向けていることを察する。
三人で床に影を作り始める。光の角度が変わるたび、シンは模型を慎重に動かし、手や指の動きに微妙な間合いがある。タケルが思わず口を開いた。
「すごい、光の中で遊ぶだけで、こんなに面白い世界があるんだ」
シンはそれをただ繰り返す。
「すごい」
タケルは声を重ねる。
「すごい、すごい」
シンも同じリズムで繰り返す。
「すごい」
タケルは笑うけれど、意味が通じているわけではないことに戸惑う。アスは静かに微笑みながら、指先や視線から、シンが光や模型の変化を注意深く感じ取っていることを理解していた。
光はゆっくり傾き、夕暮れ色に染まる。シンの手の動きや声の繰り返しが、言葉を超えた小さな秩序と時間の感覚をそっと空間に刻んでいった。
シンの言葉は、
意味ではなく「響き」として世界に触れていた。
タケルには理解できないその反復の中に、
アスは秩序と意図を見つけていた。
同じ空間にいても、
見ている世界はそれぞれ違う。
けれど、その違いがあるからこそ、
重なり合う瞬間が光るのかもしれない。
――夕暮れに溶ける光のように、
通じることと、通じないことのあわいに、
やさしい世界が静かに広がっていた。




