第237話『川と海の交わる場所②』
川と海が出会う場所には、
「流れ」と「止まり」のあいだがある。
そこでは、すべてが混ざり合いながらも、
まだ完全には溶けきらない。
アスと露葉が再び立つのは、そんな“境界”のような時間。
言葉よりも、風や光や沈黙が、互いの心を静かに映し出していく。
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アスが少し足を速めて近づくと、露葉は待っていたかのようにゆっくりと振り返った。
漆黒の髪が夕陽にほんのりと光を帯び、耳元の黒い石の耳飾りが小さく揺れてきらりと光った。遠くからでも、その存在感が際立つ。
さっきまでの会話の余韻を残すように、彼女は柔らかく呟く。
「昔、川と海が交わる場所が好きでよく見に行ってたの。」
アスは少し首をかしげ、目を細める。
「ひとりで?」
「うん。子供の頃。」
遠くを見つめる瞳は、冬の空の灰色と混ざり合うように静かだった。
アスは間を置き、軽く問いかける。
「間に何があったの?」
露葉は一瞬アスを見つめ、微かに微笑む。
「何もなかった。それが気付くって事なんだなって気付いた」
冬の風が頬を撫で、髪の毛やストールをそっと揺らす。
アスは小さくクスリと笑った。
「気付いた事に意味があったかも」
「うん。」
言葉は少なくても、二人の間には沈黙の温度が流れ、遠くの川面や揺れる街路樹の枝がその時間を柔らかく包み込む。
しばらく、風と波のリズムだけが聞こえる中、露葉が小さく問いかける。
「アスくん、何してたの?」
アスは少し肩をすくめ、足元の落ち葉を踏む音に耳を傾けながら答える。
「散歩。お姉さんは?」
「私も散歩」
彼女の声は穏やかで、冬の夕暮れに溶けるように柔らかく響いた。
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言葉が少ないほど、人は「何もなかった」中に何かを感じ取る。
川と海が出会っても、境界は一瞬で消えない。
ただ、ゆっくりと混ざりながら、新しい流れが生まれていく。
アスと露葉の会話もまた、そのゆるやかな潮のように続いている。
“気付く”という静かな出来事を、冬の風がやさしく運んでいた。




