第236話『川と海の交わる場所①』
冬の夕方には、時間がゆっくりと流れる。
街と川、光と風、そのあいだにある静けさが、
心の中の“境界”をそっと溶かしていく。
この物語は、アスがその境界に立ち、
「流れ」と「止まる」もののあいだを見つめるところから始まる。
川と海が交わるように――人と人の思いも、
どこかで静かに混ざり合っているのかもしれない。
冬の夕方、街はオレンジ色の光に包まれ、建物の影が長く伸びていた。
アスは肩まであるコートを羽織り、手をポケットに入れてゆっくり歩いている。
冷たい風が頬を撫で、吐く息が白く漂う。街の音は穏やかで、遠くの車の音や人々の足音が静かに混ざっている。
通りの街灯が少しずつ灯り始め、アスの影が伸びたり縮んだりする。
窓の灯りから漏れる暖かい光に、一瞬立ち止まって目を細める。
川沿いの道に出ると、水面が夕陽を映してゆらゆらと揺れていた。
アスは手すりに肘をかけ、じっと波紋を見つめる。光の揺らぎが心を静め、冷たい風と水の匂いが交じり合う。
橋の向こうでは遠くの工場の煙突から立ち上る白い煙が風に流れ、川面の波と光のリズムに自然と溶け込む。
アスは小さく息を吐き、冬の静かな夕方を体いっぱいに感じた。
少し歩くと、歩道に落ち葉が溜まり、足元でカサリと音を立てる。
アスはゆっくり歩みを進めながら、冬の街と川の景色に包まれ、静かに心を整えていった。
ふと、遠くの角の向こうに人影を見つけた。
漆黒の髪が肩につくかつかないかの長さで、夕陽にかすかに光を受けて揺れる。
耳元には、真っ黒の石が揺れる繊細な耳飾り。小さく揺れるたびに光を反射し、静かな存在感を放っていた。
露葉だ――アスはそっと確認し、歩く速度を落として近づく。
露葉は立ち止まり、川面の光を見つめている。その姿は冬の淡い夕陽に溶け込み、透明感のある佇まいだった。
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冬の光は、ものの輪郭をやわらかくしていく。
街も川も、そして人の心も。
アスが見つめたのは、水面の揺らぎか、それとも自分の中の揺らぎか。
川と海が出会うように、
離れていたものたちが少しずつ近づき、
ひとつの流れをつくりはじめる。
それは、再会の予感か、あるいは別れの始まりか――
静かな冬の夕方は、そのどちらも包み込んでいた。




