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第227話『電車②』

人はどこへ向かって生きているのだろう。

同じ道を歩いているようで、

心の中では、いつも知らない街を探している。


列車のように時間が進む。

その窓の外には、

まだ見ぬ自分たちの世界が流れている。


---

列車はホームに滑り込み、金属の車体が夕陽を反射してきらりと光った。

ドアが開くと、冷たい風と一緒に、一瞬だけ線路の匂いが流れ込んでくる。


「……誰も乗ってない」

タケルが小声でつぶやく。


アスは微笑んで、一歩先に乗り込んだ。

車内はしんと静まり返り、青いシートが規則正しく並んでいる。

外の光はガラスを通してやわらかく差し込み、窓の縁に細い影を落としていた。


二人は窓際に並んで腰を下ろす。

列車が動き出すと、ホームのベンチや看板がすうっと後ろへ流れ無人駅のホームはすぐに遠ざかり、広い田畑の中にふたりだけが置き去りにされたような感覚になった。

ガラス窓に映る自分たちの姿と、その向こうで流れていく空の影が、重なったり離れたりする。


「……ねえ、アス。どうして人って、知らない街に行きたくなるんだろう」

タケルは頬を窓に寄せ、流れる景色を追いながら尋ねた。


アスはしばらく考えてから答えた。

「たぶん、自分がどこから来たのかを知りたいのと同じなんだよ。知らない場所に行くと、まだ見てない“自分”に出会える気がするんだ。」


タケルはその言葉を胸の中で転がしながら、小さく息を吐いた。

「……じゃあ、電車に乗ってるだけで、僕らはもう“別の自分”に近づいてるのかな。」


窓の外では、夕陽が雲を縁どり、空がオレンジと青の境界に揺れている。

風の住人たちが、その境目を遊び場にしているかのように、光がふっと揺らいだ。


アスは窓に手を触れ、静かに言った。

「行き先を知らないっていうのは、ちょっと“死”みたいだよね。どこへ向かってるのか分からないけど、確かに何かが待ってる。だからこそ、人は怖がるよりも先に憧れるんだ。」


タケルは驚いたように目を見開いた。

そして小さな声で、少し照れくさそうに呟く。

「……それって、なんだか旅も人生も同じみたいだね。」


列車の車輪の音が、一定のリズムで響き続ける。

外の景色はめまぐるしく変わるのに、車内には二人だけの時間が静かに流れていた。

その間を、見えない空の住人たちが追い越したり、窓に触れて合図を残していったりしているように感じられた。


「……アス。どんな街に着くんだろうね。」

タケルの問いに、アスは少し笑って答えた。

「どんな街でもいいよ。だって、降りた瞬間に、その場所が“ぼくらの世界”になるんだから。」


夕陽はさらに傾き、窓ガラスに映る二人の影を赤く染めていった。



---


行き先を知らない旅は、

少しだけ“死”に似ている。


けれど降りた瞬間、

そこが新しい世界になるのなら――

たぶん人生も同じだ。


終わりを怖れながら、

人は今日もどこかへ向かう。

それを“生きる”というのかもしれない。




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