表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/449

第226話『電車①』

世界には、目に見えるものと、

見えないままそっと寄り添っているものがある。


風や光のように、

形を持たない存在たちは、

ときどき僕らの肩をかすめて通り過ぎる。


それに気づく人は少ないけれど、

子どもたちは、その気配を知っている。

心で感じ取ることができるから。


---

無人駅のホームに、タケルとアスは並んで立っていた。

線路はまっすぐ遠くへ伸び、遮るもののない空が大きく広がっている。


冷たい風が吹き抜けるたびに、ホームの端に置かれた古びた看板がカタカタと揺れた。

タケルのマフラーがはためき、アスの髪の先も光を受けてきらりと揺れる。


「アス、空ってさ……どこまで続いてるんだろう?」

タケルの吐いた白い息が、ふわりと舞い上がり、風に溶けて消えた。


アスは目を細め、風に流される雲を追った。

「ほんとはね、空の厚みは100キロくらい。地球を包む空気の層。でも、境目が見えないから、ぼくらには無限に見えるんだよ。」


タケルは小さく頷き、ホームの黄色い点字ブロックの上を、つま先でトントンと歩いた。

「有限なのに、どうしてこんなに広く感じるんだろう……」


そのとき、急に風が強く吹き、ベンチに置かれた落ち葉がくるくると舞い上がった。

アスは指でその動きをなぞるようにしながら言った。

「風の中にね、見えない住人たちがいるんだ。透明で形はなくても、空を走り回って遊んでる。」


タケルは手を伸ばし、舞い上がる葉を追いかける。指先に冷たい風が刺さる。

「……これが住人の通った跡?」

「そう。風がチクッとするのは、彼らが駆け抜けたからだよ。」


二人が見上げると、ちょうど雲のすき間から一筋の光が差し込み、線路の上を銀色に照らした。

アスが笑って言う。

「ほら、今のは遊びの合図。光にぶつかって、はね返ったんだ。」


ホームにかすかな地鳴りのような響きが伝わり、遠くから列車の音が近づいてきた。

けれど、二人は振り返らず、ただ風に目を細めて空を見上げ続けた。


陽は少しずつ傾き、光と影がホームをゆっくり移動していく。

タケルが小さな声で呟いた。

「……見えない住人たちと、僕らも一緒に遊んでるのかもしれないね。」

「うん。空を見上げるたびに、彼らはきっと僕らのそばを通り抜けていくんだ。」


列車がホームを通り過ぎ、風だけを残して去った。

二人の視線はまだ、光に満ちた空の奥行きを追い続けていた。



---


見えないものを見ようとすること。

それは、世界を少しだけ広げることでもある。


風の中に誰かを感じるとき、

空の奥に声を聴くとき、

きっとその瞬間、

僕らも“空の住人”のひとりになっているのだろう。


線路の先の空は今日も続いている。

有限の世界の中で、

無限を感じるために。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ