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第222話『兄の部屋⑪〜深い眠り…肆。』

夜は、ときどき真実の影を照らす。

静まり返った寺の中、風の音に混じって、

聞こえるはずのない声が、誰かを呼ぶように揺れていた。


それは夢か、記憶か、それとも——

この世とあの世の境に立つ、微かな囁きだったのかもしれない。


龍賢はタケルの様子を確かめに居間を一度抜け、戻ってきた。

手にした湯呑みを少し揺らしながら、一口お茶を啜る。息を吐き、静かにアスの方へ向き直る。


『アス、タケルの事なんだけど…』


視線を窓の外の揺れる木々に落とし、ため息をひとつ。夜の風がカーテンを揺らす。


アスはソファにもたれ、スマホを弄っていたが、ふと体を起こし、ポケットにしまう。瞳を少し大きくして龍賢を見つめる。


『タケルがなに?』


龍賢は言葉を探すように一瞬迷い、ゆっくり口を開いた。


『アスは、タケルの違和感を感じた事ないか?違和感っていい方はおかしいかもしれない。』


声を少し落とし、空気の間に言葉を溶かすように続ける。


『あまり、家族の深い話を他人にするのはいい行動とは思えない。タケルも知らない所で自分の事を話されるのは嫌だと思うし 』


アスは珍しく瞳を揺らし、心配そうに息を飲む。

『今日のお風呂の事と関係ある?』


龍賢は優しく微笑む。肩越しの沈黙の後、躊躇いながら話し出す。


『タケル…、昔から夢遊病でたまに夜中外に出ていくんだけど……でも』


アスは少し驚き、眉を寄せ真剣な表情になる。

『でも?なに?』


『でも、多分夢遊病じゃなくて何かに呼ばれて外に出て行ってるんじゃないかって俺は思ってる。』


『呼ばれる?』


『うん。昔、タケルが夜中にいなくなって探しに行った事があった。そしたら実家の裏の竹林に立ってて…』


龍賢はそっと、アスが読んでいた本に手を伸ばし、表紙に指先を触れる。

その指の動きにアスの視線が絡む。


『話て。』アスが短く促した。


龍賢はページをめくる手を止め、じっとアスを見つめる。夜の静寂が二人の間に流れる。


『体中、痣と傷だらけで立ってた。』


息が微かに震えながら、龍賢は言葉を紡ぐ。


『普通じゃない怪我だった。誰かに暴行されたんじゃないかって、親が警察まで呼んで結構騒ぎになったけど犯人は出てこなかった。』


アスは目を細め、暗がりの中で深く考え込む。


『なんで兄ちゃんは、タケルが何かに呼ばれてるって思ったの?』


窓の外で枝が触れ合い、カタカタと不規則に音を立てる。

龍賢はその音に視線を泳がせ、夜の闇の隙間に小さな疑念を探すように窓を見た。



---


窓の外の枝がまた、小さく鳴った。

それはただの風の音なのか、それとも。


誰もいない夜に、確かに何かが呼んでいる。

タケルの名を、

眠りと現のあいだから。


言葉にできない不安だけが、

三人の胸の奥に、静かに残っていた。



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