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第38話「水そうのなかののう」

アスはときどき、ふざけてるのか本気なのかわからないような話をする。

でも、ぼくはその話の中に、ときどき“ほんとうのこと”がまざってるような気がするんだ。

昼休み、教室には誰もいなかった。

みんな運動場に出ていて、タケルも行こうとしたけど、今日はなんとなく気分がのらなかった。


アスが、となりの席でひとり、消しゴムをむにむにと押していた。

タケルが立ち止まると、アスは突然こう言った。


「この世界、じつはつくりものかもしれないよ」


タケルはランドセルの横にある給食袋をいじりながら、言った。

「またそういう変なこと言って…なにが?」


「たとえばさ」

アスは目の前の消しゴムを、指で押したり倒したりしながら、じっとタケルを見ずに話しつづけた。

「ここが、だれかの頭のなかだったら?」


「え? 夢の中ってこと?」


「うーん、もっと科学的な話。

もしもね、タケルの脳だけを水そうの中に入れて、コードをいっぱいつないで、ぜんぶ電気信号で“現実”をつくって見せてたら。

この教室も、ぼくも、お昼のにおいも、ぜんぶ――ほんとうじゃないってことになるよね」


「ええ…なんかこわいな」

タケルは窓の外を見た。子どもたちの声がしていて、日ざしが白く、くっきり教室の床に四角いかたちを作っていた。

これが、全部つくられたもの…?


「でも、どうしてそんなこと考えるの?」


アスはちょっとだけ口のはしをゆがめた。

「“ほんとう”って、いつも目に見えるものの中にはないから。

人はね、見えるものがあると、それが“ある”って信じる。

でも、見えないものがあると、それは“ない”って思うんだよ」


「それって…宗教っぽくない?」

タケルはつぶやいた。

お寺にいると、大人たちはよく「目に見えないものを信じる心」が大切だと言っていた。だけどそれは、こわいものとも近かった。


アスは、小さな笑い声をもらした。

「宗教も科学も、いちばん深いところはよく似てるかもね。

“自分ってなに?”ってことを考えはじめたら、どっちも同じ場所に行き着くよ」


「でもさ」

タケルは、机にひじをつきながら言った。

「本当に“水そうの中の脳”だったら、どうやってそれを知ればいいの?」


アスは消しゴムをもう一度押して、ころんと机の上を転がした。

「たぶん、知れないよ。

その“知れない”ってことを、“知ってる”って言えるかどうかだけが、たぶん“自由”なんだよ」


「…なんだよ、それ」


外から、チャイムの音がきこえた。

タケルはため息をついて立ち上がりながら、ちょっとだけ背すじをのばしてアスを見た。

アスはまだ、窓のほうを見ていた。


消しゴムの上に、かすかな午後の光が差していた。

その光さえも、もし“つくりもの”だったとしたら。


「じゃあさ」

タケルは言った。

「もし、これが夢だったとしても、ぼくらはそれに気づける?」


アスはくるっと顔をこっちに向けて、にっこり笑った。


「うん。でもたぶん、それに気づくためには、一回“目がさめる”必要があるんだよ」

あの日、ぼくは“現実”ってなにかを、ちょっとだけ考えた。

この世界がぜんぶ、誰かの頭の中だったら…?

でも、そんなことより、アスが言った「自由」ってことばが、不思議と心にのこった。

たとえつくりものの世界でも、気づく力だけはぼくらの中にあるのかもしれない。


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