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第211話龍賢の視点〜『彼女の足跡を辿る』

祭りのざわめきが消えた街には、言葉よりも長い沈黙が残る。

人が去ったあとの気配は、雪や光や風に宿り、ふとした拍子に心を引き戻す。

彼女が過ごした場所を辿ることは、記憶の中に触れることと似ている。

そこにあるのは慰めではなく、痛みの断片かもしれない。


昨日まで賑わっていた冬祭りの場所も、今は夢の名残を消したように静まり返っていた。

人のざわめきが消えた街は、雪の気配だけを残し、夜の余韻を抱いている。


龍賢はひとり、ときわ市に来ていた。

高台に佇む教会のような外観の病院。白壁に雪が貼りつき、塔の上には淡い光が宿っている。

その建物こそ、アスが昨夜語った「緩和ケア病棟」だった。


車を停め、ハンドルに両手を置いたまましばらく動けずにいた。

やがて深く息を吐き、ゆっくりと外へ出る。

整えられた庭の木々は枝を震わせ、春を待つ薔薇の棘だけが冷たく光っている。

昨日お祭りの会場からも見えた聖母マリア像が、雪の跡を頬に残し、光を浴びていた。

その表情は、微笑んでいるのに泣いているようにも見えた。


院内に足を踏み入れると、漂うのは消毒の匂い。

白い廊下の奥からは、誰かの泣き声と、それを抱きしめる人の足音。

遠くで、獣が喉を裂くような叫び声が響き、胸の奥にまで届く。


左の廊下を進んだ先、突き当たりに円状の空間が広がっていた。

そこにはアスの言っていたホスピタルアートが飾られている。

天井から注ぐ光がステンドグラスに反射し、床や壁を揺らしながら、万華鏡のようにきらめいていた。

窓越しには、先ほどの聖母マリア像の横顔が見える。

まるでこの空間全体が、祈りのために設えられているようだった。


龍賢は静かにベンチに腰を下ろす。

ここに用事があったわけじゃない。

ただ、露葉を知りたかった。

彼女が見つめてきた悲しみを。

今も触れるたび痛む傷を、ほんの少しでも分かち合いたくて、ここまで来た。


――命の最後を迎える場所は、決して幸せに満ちてなんかいない。

苦しみが満ち、時にその苦しみは波のように押し寄せ、気を抜けば自分ごと飲み込んでいく。――


ステンドグラスの光は形を変え、床を流れ、壁を走り、また砕ける。

その変化の中に座っていると、自分が誰なのかすら一瞬見失いそうになる。


昨日の夜の光景がよみがえる。

病院を見つめていた露葉。

彼女は密かに震えていたではないか。

あの時、息を整え、胸の奥の苦しみに耐えていたのではないか。


――俺は、昨日……彼女になんて言った?


視界に浮かぶのは、出会った頃の露葉の姿。

母を亡くした後、彼女の髪はボブより短く、ショートよりは長い、不思議な長さで揺れていた。

漆黒の髪は光を吸い込み、神秘的に映った。

耳にはいつも飾りが揺れ、時にはネックレスや指輪、ブレスレットを重ねていた。

それらはただ美しいだけでなく、まるで彼女の心を守るお守りのようだった。


アスの語っていた、長い髪を背に垂らした飾り気のない彼女。

それを想像しようとしても、なかなか結びつかない。


アスはタケルと同じ十歳。

二年前――八歳の時にここで露葉と出会ったという。

八歳の子供がこんな場所にいた事実を思うだけで、胸が締め付けられる。

龍賢は目を伏せ、深く息を吐いた。


――誰も救ってくれない人もいる。

手を伸ばしても、その手はすり抜ける。

救済のない、救いのない、そんな人もいる。――


アスが昨夜語った言葉が、静かな空間の中で響き続けていた。



---



ステンドグラスの光は砕け、また形を変える。

命もまた、その光のように、誰かの中で揺らめき続けるのだろう。

救いがあるかどうかは分からない。

けれど足跡を辿ることは、失われたものの気配に手を伸ばすことになる。

龍賢の胸に残ったのは、痛みと祈りの、入り混じる沈黙だった。


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