第206話『冬祭り① 記憶』
冬の光は柔らかく、でも時に冷たく胸を刺す。
この日、タケルの家には、喜びと切なさがそっと入り混じっていた。
冬休みに入り、アスは弟を連れタケルの家にやってきた。
玄関を鳴らす前に玄関が開き
「アス、待ってたよ」とタケルが現れた。
「シンもこんにちは、タッチ」
弟はタケルを見てニタっと笑いハイタッチする。弟は自分の家のように靴を脱ぎ、廊下の壁に手を触れながら歩いた。
「1…2…3…ヨン…」
数を数えながら、安心したように進む。
タケルと兄、龍賢が片付けた居心地のいい部屋に到着すると、弟は家具に触れてニコニコし、いつも座るソファでカーテンを開け閉めしながら光で遊んでいる。
「今日シンは夜、ショートステイだよね?」
「うん、17時半からね」
小さいのに偉いね、とタケルはシンの頭を撫でる。
シンはその手を払って、タケルはクスクス笑った。
「今日は兄ちゃん達と夕方から遊ぶって話したよね?冬祭りやってるみたいで連れて行ってくれるって」
タケルが嬉しそうににこにこ話すと、アスも微笑み「楽しそう」と呟く。
弟はタケルの膝に座り、指の関節を曲げたり伸ばしたりしながら、光を楽しんでいる。
「シンも行けたらいいのにね」
タケルがぎゅっと抱きしめる。
「いく」
「シンはショートステイ」
「いく」
「シンはショートステイ」
指を曲げ伸ばししながら、弟は「いく…シュークリーム」と呟く。
「最近、シュークリームにハマってる」とアスが笑うと、弟も「シュークリーム、シュークリーム」と言って立ち上がり、タケルを引っ張った。
「ほら、チョコ」
アスはバッグからチョコを取り出し、弟に渡す。
シンはチョコを食べながらまたタケルの指を触る。
「隣の隣の町だから、夜はウチじゃなくて兄ちゃん家に泊まった方がいい。兄ちゃんからアスのお母さんには連絡するって」
タケルは楽しそうに話す。
「うん」とアスは短く応えた。
「もしかして、ときわ市であるの?」
タケルはシンのつむじを見ながら、「うん、そうだよ」と答える。
アスはしばらく窓の外を見ていた。
蜘蛛の巣の切れ間から光が注ぎ、晴れたり曇ったりする冬の空。
「お姉さんも、来るの?」
アスが静かに問いかける。
「くるよ」
タケルの言葉を聞いた瞬間、あの声がアスの胸に蘇る。
――「虚しいね、生きるって」
雪に包まれた病院の廊下、万華鏡のように光を散らすステンドグラスの前で、つゆはが呟いた声。
命の矛盾に揺れながら、静かに呼吸していたあの声。
歓びのあとに必ず訪れる苦しみや悲しみ。
今も、アスの胸の奥で、柔らかく、切なく震えている。
雪は静かに降り続ける。
歓びも、痛みも、すべてを優しく包み込みながら、冬の静寂に溶けていく。
そして、弟の小さな手がタケルの手に触れる温もりが、日常と記憶をそっとつなげていた。
---
雪はすべてを包み、音も匂いも溶かしていく。
小さな手の温もりが、日常と記憶を静かに結び、未来へとそっと導いていた。




