第200話『友達の誕生日⑤あたたかい光』
誕生日の祝いは、贈り物や料理だけでなく、
その人を大切に想う心が集まって生まれるもの。
タケルとアス、そして露葉は、若林さんの家族に迎え入れられ、
ひとときの温もりの中で過ごします。
けれど、光の背後には、誰にも見えない影もまた静かに寄り添っていました。
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食後のテーブルに、白い皿が静かに運ばれてきた。
そこには色とりどりのショートケーキが並んでいる。赤い苺はルビーのように艶やかで、キウイやオレンジは翡翠や琥珀の光を帯びていた。小さな砂糖の結晶がきらりと光り、まるで宝石箱を開けたようだった。
「わぁ、綺麗〜食べるのがもったいない…」
露葉が小さく吐息をもらすように微笑む。
タケルとアスは目を輝かせ、どのケーキを手に取ろうか迷っている。
ふと、部屋の隅から柔らかな音が広がった。
若林さんのおじいさんが、角に置かれた黒いピアノに腰を下ろし、指を鍵盤に滑らせていた。
窓辺の雪明かりと混じり合い、旋律は静かに部屋を満たしてゆく。
「この曲、聞いたことある!」
タケルがケーキを片手に顔を上げる。
「うん。ジュ・トゥ・ヴー…」
露葉が目を細めて、音に耳を澄ませる。
「素敵なお祖父さま…かっこいい」
アスはくすっと笑いながら、カップを揺らして言った。
「エリック・サティの曲を弾き出すおじいさんなんて、かっこいいよね」
そう呟くと、視線を窓の外へ向けた。ガラス越しに白い雪が舞い降りている。
タケルはケーキを頬張りながらも、思い出したようにアスの耳に何かを囁いた。
アスがこくりと頷き、二人は若林さんに向き直る。
「おめでとう、若林さん」
二人の声が重なり、そっと袋を差し出した。
「ぼくたちからのプレゼント」
タケルがにこにこと笑う。
若林さんはアーモンド形の瞳を大きく見開いた。
「わたしに?…」
驚きと戸惑いが入り混じった声。
「開けていい?」
箱を開けると、螺鈿の光を宿した櫛が静かに姿を現した。
「わぁ…綺麗」
若林さんは息をのむように呟き、両手で大切に櫛を持ち上げる。
そして少し涙ぐみながら、「ありがとう」と小さな声をこぼし、ふわりと笑った。
「はい。これは私から…」
露葉が紙袋を差し出した。
「えっ、露葉さんも…私に?」
若林さんが頬を染める。
露葉はにこりと笑い、コクリと頷いた。
「開けてもいい?」
若林さんが上目遣いで問うと、露葉はもう一度、小さく頷いた。
アスとタケルも、気になって身を乗り出す。
箱を開けると、櫛と同じ螺鈿柄のかんざしと手鏡が、淡い光を返しながら収められていた。
「わぁ〜!」
三人の声が重なった瞬間、若林さんはうつむき、小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。
その肩が震え、次の瞬間、涙が頬をつたった。
父親もその姿を見て目を潤ませ、母親がそっと背を撫でる。
家族の温もりが一つの輪になり、部屋いっぱいに広がった。
***
帰りの車。
街灯の光がフロントガラスに淡く映り、雪が静かに降りしきる。
「若林さんの家族…素敵な家族だった」
露葉がハンドルを握りながら、少し夢見るように言った。
「タケルくん、アスくん…二人とも、今日は誘ってくれてありがとう…素敵な時間をありがとう」
アスはその横顔を見つめ、口元に小さな笑みを浮かべる。
そして隣に座るタケルをちらりと見た。
タケルは、露葉の喜ぶ姿を見て、心から幸せそうに微笑んでいた。
アスは視線を窓の外へ移す。
遠くの高台に、さっきまで過ごしていた大正風の建物が、雪に包まれて静かに佇んでいる。
出会った頃から、露葉はどこか孤独を身にまとっていた。
その悲しみは、降り積もる雪のように彼女の心に重なっていく。
――彼女は忘れてしまっている。
ぼくと君だけの秘密を。
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涙をこぼすほど嬉しい「ありがとう」が響いた夜。
それは確かに幸せな時間でした。
けれど、人は誰しも、心の奥に言葉にできない秘密を抱えています。
露葉の微笑みの奥にもまた、雪のように降り積もる孤独が隠されていました。
温もりと影――そのどちらもが、人を人にしているのかもしれません。
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