表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/449

第199話『友達の誕生日④ 兎の影』

誕生日は、ただ一年を重ねる日ではなく、

家族の愛情やつながりが改めて浮かび上がる日でもあります。

若林さんの誕生日会に招かれたタケルたちが目にしたのは、

和と洋、世代を越えて調和する温かな時間でした。

そこには、“受け継ぐもの”の静かな輝きがありました。


奥から、柔らかな声が響いた。

「今日は、いろの誕生会に来てくれてありがとう」


姿を現したのは若林さんのお母さんだった。

胸まで届く長い黒髪を和柄のクリップで留め、深い緑のワンピースを纏っている。若林さんとお揃いの布地が、母娘の間に不思議な調和を生んでいた。よく笑う明るい瞳に、タケルは「本当はよく笑う若林さんの笑顔はこの人から受け継いだんだ」と直感する。


その後ろから、大きな盆を抱えて料理を運んでくるお父さんが現れた。

体格がよく、彫りの深い顔立ちに穏やかな笑みを浮かべている。まるで外国の俳優のようで、思わずタケルとアスは目を丸くした。


さらに、祖父母も続いて現れた。祖母は白髪をふんわりまとめ、青い瞳を輝かせている。そのまなざしがタケル、アス、そして露葉を包み込むように見つめ、柔らかく微笑んだ。


「この方たちが、今日来てくれた友達」

若林さんは小さな声で家族に紹介する。


タケル達の胸に浮かんだ疑問を、そのまま彼女は言葉にして答えた。

「祖母がイギリス人だから、父はハーフなの」


「えー!」

タケルとアスは顔を見合わせた。

タケルは目を輝かせ、少し声を上げる。

「じゃあ若林さん、クォーターなんだ! なんかすごい、かっこいい!」

アスは肩をすくめながらも、楽しそうに言う。

「家族まで和洋折衷なんだね」


露葉はそのやり取りを、静かに微笑んで見守っていた。


ダイニングには、大皿に盛られた料理が次々と並んでいく。和の漆塗りの器と洋風のプレートが混ざり合い、色鮮やかなテーブルが目の前に広がった。香ばしい湯気とバターの香り、醤油の甘い匂いが混じりあい、タケルの胃がくすぐられる。


「いただきます」

三人が箸を伸ばすと、その様子を家族は本当に嬉しそうに見守る。


噛むたびに味が広がり、そのたびに母の笑顔が花のように咲き、父の瞳が細く優しくなる。

——若林さんが「若林さん」でいられるのは、この家族の温もりに包まれているからなんだ。タケルはそう感じ、心が少し熱くなる。


露葉は、そんな家族の姿をしばらく目を細めて見つめ、右手で左腕を触り見つめる。

しかし次の瞬間、ふっと視線を伏せる。その横顔は、どこか遠くに心を馳せるようだった。


アスはその様子に気付き、ちらりと露葉を見てから声を落とした。

「若林さん、『兎の影』っていう骨董品屋さん、知ってる?」


若林さんは嬉しそうに頷く。

「もちろん。前に父とインテリアを見に行ったの。おじいさんが一人でされてるお店でね、雰囲気のある店と店主さんだった」


父もにこやかに付け加える。

「この部屋のインテリアも、ほとんど『兎の影』でオーダーしたものですよ」


タケルは驚き、露葉の方へ振り向いた。

「え? 『兎の影』って、お姉さんのお店?」


露葉は少し肩を揺らし、目を瞬かせた。

「数年前までは祖父がお店に出ていたの。でも……今は私が店番をしていて」


若林家の家族は一斉に「ええっ」と声をあげ、驚いたまま露葉を見つめた。

次の瞬間、感謝の言葉が口々にあふれる。

「ありがとう」「本当に助かってます」「素敵なお店ですね」「またお願いしていいですか?」「遊びに行っていいですか?」


露葉は頬を少し染め、居心地悪そうに両手を膝に揃えた。

「いえ、そんな……恐縮です」


テーブルの上の光景は、まるで時間ごと温もりに包まれたようだった。

器の一つひとつ、椅子の木目、祖母の青い瞳、そのすべてが「受け継がれたもの」としてそこに息づいている。


——誰かの手から、誰かへ渡されるモノ。

誰かの歴史を、次の誰かが引き継いでいく。


タケルはその景色の中で、若林さんが「昔のもの」を愛する理由が少しだけ分かった気がした。

過去の歴史は、掴もうとすれば指の間から零れ落ちる。

けれど「兎の影」のように、確かにそこに在り続ける。



---

器や家具のように、人の思いもまた誰かから誰かへ渡され、

形を変えながら生き続けます。

若林さんが「昔」を愛するのは、

過去そのものが生きているからではなく、

その温もりを今に感じられるからなのかもしれません。

人は皆、見えない何かを受け継ぎながら生きている。

そんなことを思わせるひとときでした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ