第192話『蜘蛛⑤ 宇宙の糸』
蜘蛛は、ただ小さな虫を捕らえる生き物にすぎないのかもしれません。
けれど、光を受けて揺れる一本の糸を見つめていると、そこには宇宙の秘密が隠されているように感じることがあります。
見えないものと見えるものを結ぶ糸――その繊細な輝きの中に、私たちがまだ気づいていない「世界のつながり」が浮かび上がってくるのです。
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雪の庭に立つタケルは、息をのんだ。
月明かりに照らされた枝の間から、細い光の線がひとすじ、宙に浮かぶように輝いていた。
「……蜘蛛の糸?」
声に出した瞬間、それはただの糸ではなく、空へ伸びる光の道のように見えた。
庭と夜空を結ぶ透明な橋。触れれば切れてしまいそうなのに、その存在は揺るぎなく強い。
ふと、糸の先に小さな影が動いた。
八本の足が雪明かりを受け、かすかにリズムを刻む。
そのたびに糸が震え、震えは空へ、そして自分の胸の奥へと広がっていく。
――これは、ただの蜘蛛じゃない。
タケルは思わず裸足で近づいた。雪の冷たさよりも、糸の光に吸い寄せられていく。
糸はゆらりと揺れながら、まるで夜空の星座をつなぐ線のように見えた。
どの星も孤独ではなく、見えない糸でつながっている――そんな秘密を教えられている気がした。
「宇宙も……こうして繋がってるのかな」
胸の奥で、言葉にならない響きが広がる。
蜘蛛の八本の足が描く微かな秩序。糸に宿る震えは、まるで時間そのものが細い線の上で揺れているようだった。
気づくと、世界はしんと静まり返っていた。
雪も風も止み、ただ糸だけが光の脈動を伝えている。
その光景に、タケルは立ち尽くした。
――その瞬間。
耳の奥でかすかな声がした。
『命も、時間も、糸の上で揺れている』
誰の声かわからない。
でも、その言葉は胸の奥に深く沈みこみ、タケルは目を閉じて小さくうなずいた。
再び目を開けた時、糸も蜘蛛も雪の庭も消えていた。
ただ自分の足跡だけが白く続き、月の光がそこに落ちていた。
「……夢、だったのかな」
そう呟きながらも、タケルの胸には確かな光が残っていた。
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雪の夜に見えた蜘蛛の糸は、庭から空へ、そして宇宙へと伸びていくように感じられました。
小さな蜘蛛の存在は、やがてタケルとアスに「命」や「時間」の奥に広がる秩序を思わせます。
ひとすじの糸が示すのは、儚さと同時に、見えない世界を結ぶ確かな力――。
次のお話で、ふたりはその感覚をさらに深く語り合うことになります。
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