第190話『蜘蛛③ 残酷な世界』
助けられる命と、打ち払われる命。
その差は、どこから生まれるのだろう。
蜘蛛とハエ、二つの小さな出来事をきっかけに、タケルは「命の平等」についてアスに問いかける。
タケルは窓の外の白い枝先を見つめたまま、口を開いた。
「ねぇ……なら命って、平等じゃないの?」
アスは少し目を細め、視線は窓の外の巣に向いたまま答える。
「命の線引は、人が決めてることだからね…
命は、平等じゃないよ。」
「え……?」タケルは小さく首をかしげる。
「蜘蛛は生かして、ハエは殺す。特別だったら生きててよくて、特別じゃなかったら死んでもいいの?」
アスはゆっくりと息を吐いた。
「そう。価値観ひとつで、変わる。……残酷だよね」
教室には小さな風の音だけが聞こえる。タケルの髪がそっと揺れ、二人の間に静かな時間が流れた。
タケルは手を机の上で組み、ぽつりと呟く。
「でも、蜘蛛は……なんか、生きてていいって思える。見た目とか、動きとか……全部が、わからないけど…それってちょっとこわいね。」
アスは小さく笑った。
「うん。人は無意識に“美しい”とか“特別”とかを感じ取ることがある。だから、命の重さも、ちょっとだけ変わって見えるのかもしれない」
タケルは冬の光に照らされる蜘蛛の巣を見つめ、静かにうなずいた。
命の平等なんて、頭で考えても全部わかるわけじゃない。
でも、特別なものに触れたとき、人は少しだけ優しくなれるのかもしれない――そう思った。
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命は本来、平等なのかもしれない。
けれど人は、無意識に「特別」や「美しい」を感じ取り、そこに線を引いてしまう。
その線は残酷でありながら、人を少しだけ優しくもする。
蜘蛛の巣に射す冬の光のように、タケルの胸には小さな気づきがそっと残った。
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