第189話『蜘蛛② 特別なもの』
同じ命なのに、助けられるものと、殺されるものがある。
その差は、人の心の中に生まれる「特別」という感覚から来るのかもしれない。
タケルは小さな出来事をきっかけに、その不思議さをアスに語りはじめる――。
タケルがふと口を開いた。
「ねぇアス、この前の小テストの時に蜘蛛がいてね。先生がそれに気付いて、そっと包んで外に逃がしてたんだ」
アスが目を細める。
「へぇ、それで?」
「うん。その後さ、職員室でハエが飛んでて。先生、話しながらノートで叩いて殺して、ティッシュに包んでゴミ箱に捨ててたんだ」
アスは小さく笑う。
「蜘蛛は逃がして、ハエは殺してたってことね」
「うん。変じゃない? 同じ虫なのに……。蜘蛛とハエ。一方は生かされて、一方は殺される」
アスは少し考えるように首をかしげた。
「なるほど。それでタケルはどう思ったの?」
「うん……もしかして蜘蛛が“特別”なんじゃないかって思った」
「殺される方じゃなく、生かされる方が特別ってこと?」
タケルはうなずきながら続ける。
「蜘蛛を殺してる人って、あんまり見たことないなって気付いて……。もしかして蜘蛛って、見た目が特別なんじゃないかって」
アスは目を輝かせ、楽しそうに笑った。
「へぇ、キミにしてはいい気付きだね」
「……なんか失礼」
タケルは頬をふくらませ、アスは声を立てずに笑った。
タケルの視線は窓際に落ちた。
外は冬の空。白い雲が垂れ、裸の枝に粉雪が積もっている。
その枝先に、小さな蜘蛛の巣が淡く光を受けて浮かんでいた。
アスも視線を追い、静かに言葉を継ぐ。
「八本の足。丸い体。……不思議だよね。どこか均整がとれていて、美しさすら感じる」
タケルは曇った窓に息を吹きかけながら呟いた。
「やっぱり……蜘蛛って特別…」
アスは頷く。
「そう。もしかすると人は、本能で“特別”を感じ取ってるのかもしれないね」
アスは窓の外をちらりと見ていった。
冬の空はどこまでも白くて、裸になった木の枝に小さな蜘蛛の巣がひっかかっている。
「冬でも巣を張ってる」
アスが指さす。
「もう虫なんていないのにね。」ぼくはつぶやいた。
「だからこそ、特別って思われる存在なのかもしれない。死んでしまうはずの時に、生き残ってるから」
ぼくは先生のことを思い出した。
蜘蛛を手で大事そうに包み外へ逃がす姿。
きっと蜘蛛が特別だから…
蜘蛛はなぜ「特別」と感じられるのだろう。
その形、その静けさ、生き残る姿。
人の心は知らず知らずに線を引き、特別とそうでないものを分けてしまう。
その線の向こう側には、まだ言葉にならない世界がひっそりと広がっている。




