第181話〜アスの心『恋② タケル』
雪が舞う午後は、世界を柔らかく包み込む。
小さな吐息や手の温もり、言葉にしない思いが、凍った空気の隙間を静かに流れていく。
優しさや気づきは、こんな瞬間にこそ光を放つ。
雪が舞う午後。細かい白い粒が街の空気を静かに包む中、タケルの声が僕の耳に届く。
「お姉さんにね…」
小さな吐息のように、彼の言葉は冬の光に溶けていく。
「お姉さん?露葉さん?」僕は弟の手を握ったまま問いかける。
タケルは頷いた。
「うん。兄ちゃんのこと話したんだ。そしたら、アスと同じこと言ってた…」
雪の粒がタケルの肩に落ち、淡く光る。
「円のことだね。キミ、まだ考えてたの?」
僕は少し笑みを浮かべ、タケルの表情をそっと覗く。
「円も兄ちゃんの一部って…それでね、
どんな龍賢も龍賢は龍賢…。円という人も含め龍賢を想ってる…って」
タケルの瞳が熱を帯びて、湿った空気に揺れる。光がその瞳を柔らかく包む。
その時、後から声が降ってきた。
「あれ?タケル?」
振り返ると、クラスメイトのみなみが立っていた。白い息が彼女の口元で小さな輪を描く。
「みなみちゃん、どっか行くとこ?」
タケルは優しく微笑み、雪に溶ける影のように静かに問いかける。
みなみは嬉しそうに笑い、僕とタケルを交互に見て、またタケルに視線を戻す。
「うん。みんなでモール。タケルも行かない?この前、さっさと帰ったじゃん」
口を少し膨らませる彼女の仕草に、冬の風が絡む。
「あ〜放課後か。あはは。ごめん。今日はね、ん〜ちょっと。ごめんね。また誘って」
タケルは柔らかな笑みを保ったまま答える。
みなみは少し俯き、しょんぼりしながら去ろうとする。雪の粒が彼女の肩に舞い落ちる。
振り返る視線が、僕とタケルを交互に揺れる。
僕の心の片隅で、タケルの優しさの波紋が広がる。
その時、タケルは静かに歩み寄り、ためらうみなみの手首にそっと触れる。
「どうしたの?」
彼女の視線が、雪に揺れる影のように揺らめく。
「 タケル、あのね、わたし…私が、ずっとタケルのこと好きな事気付いてた? 」
その瞬間、タケルは手を離し、距離を保った。光の粒が二人の間で揺れる。
「え?ごめん。ぼく、全然気付いてなかった…ホントごめん」
真剣に彼女を見つめる瞳には、照れも怯えもない。ただ静かな優しさが宿る。
みなみは頬を赤くし、前髪をそっと触る。
「タケルは…私の事、どう思う?」
タケルは視線を逸らさず、真っ直ぐに答える。
「ぼくもみなみちゃんを好きだけど、そういう好きじゃない」
「でも…この先は?そういう好きになるかも」
雪が舞う街路を背景に、みなみの問いが凍った空気に溶ける。
「…この先も、そういう好きになることない。」
タケルの静かな声が響く
みなみは息を吸い、涙を堪えるようにくちびるを一度噛み、それから言った。
「でも…先の事はわからない。未来の事は誰にもわからない。変わるかもしれない。好きになるかもしれないじゃん」
タケルはみなみの瞳を逸らすことなく言葉を聞き、少しの沈黙の後、口を開く。
「ありがとみなみちゃん。でも…
変わらない。好きにならない。みなみちゃんを好きになる事は絶対にない」
俯いたみなみは、小さく「わかった…」と言い、ふわりと走り去る。
僕は弟にチョコを渡しながら、タケルの横顔を見つめる。
「こういうの、よくあるの?」
タケルは頭をかき、ふわっと笑う。
「ん…たまに」
少し照れた表情が、冬の光に柔らかく溶ける。
僕はクスリと笑う。
「へ〜、彼女も凄いね。それに優柔不断なキミがあんなにはっきり言うなんて意外。」
タケルは真剣な顔に戻り、空を見上げて呟く。
「だって、ちゃんと言わないと可哀想だから。苦しめたくない。嘘もつきたくない」
『…ちゃんとキミらしい』
雪が二人の影を長く引き伸ばし、息が白く漂う。タケルの言葉は静かに冬の街に溶け、僕の胸に小さな波紋を残す。
僕は弟の頭を撫で、タケルの背中を見つめる。
優しさが時間の隙間に溶けて、雪と光の中で静かに余韻を描く。
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言葉は簡単だけれど、心の奥まで届く。
断りの優しさ、未来を思いやる誠実さ──
タケルの態度が残す波紋は、雪と光の中で、静かに胸に広がる。
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