第180話〜アスの心『恋① タケル』
冬の朝の光は、冷たく澄んでいるけれど、触れる人の温もりを引き立てる。
落ち葉の音、手の震え、吐息に溶ける呼吸のリズム――
小さな偶然の重なりが、忘れられない時間を静かに刻んでいく。
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冷たい風が頬をかすめ、弟の手をそっと握る。
小さな手の震えを感じながら、歩く足元の落ち葉がくすぐるように音を立てた。
ベンチの向こうに見覚えのある姿。タケル。
体を抱え込むように座り、両膝を胸に寄せて、寒さと何かを堪えているようだった。
『寒くないの?』
タケルがびくりと体を震わせ、顔を上げる。
タケルの瞳が、淡く冬の光を反射して揺れる。
『 びっくりしたよ!アスじゃん』
小さな声に混じる、久しぶりの温もり。
タケルは膝を抱え直し、息を吐く。
肩のライン、首筋にかかる髪の束、手の指先の微かな震え。
その一つひとつが、詩の一行のようにアスの目に映った。
弟を覗き込み、微かに笑うタケル。
『シンもいる〜なんか、シン凄く久しぶりだね。大きくなってる気がする』
手を差し伸べ、タッチ。
小さな手がそっと応え、ハイタッチの音が冬の空気に溶けていく。
アスは視線を少し下げ、タケルの柔らかい笑顔に心を揺らす。
弟への眼差しの奥に、真っ直ぐな優しさがある。
その優しさの波紋が、寒さを薄く溶かしていくようだった。
アス『弟はね、最近保育園が変わって、バタバタしてたから出掛けられなくて。シンすごく頑張ってる』
タケルは弟の頬に指で触れ、温もりを感じるように微笑む。
『そっか。偉いね、シン』
『シ、ン…え、らい』
弟が言葉を繰り返し小さく笑い返す。
タケルの声と弟の笑い声が、冬の光に溶けていく。
アスは隣に腰を下ろし、バッグからタブレットを取り出して弟に手渡す。
『てれ…び』
弟の瞳が、画面に吸い込まれる。
その姿をタケルはじっと見つめる
『道が好きだから道の動画をずっと見てる』
『へ〜面白いね』
タケルは微笑み弟のタブレットを覗きこんだ。
沈黙。
空気の流れ、風のささやき、木々の葉の擦れる音。
タケルの呼吸と、微かに触れる体温だけが、アスの視界の中心に残る。
小さく呟くタケル。
『ねぇ、アス…』
アスは目線をわずかに動かすだけで、黙って待つ。
遠くを見つめる横顔…。
健康的な肌の色、目にかかる前髪から覗く艶っぽい切れ長の瞳はタケルの兄、龍賢にも少し似て見える。
黙っていれば大人っぽい顔立ちだが、笑うと子どもらしい顔に戻り、話すとさらに幼さを増す。
その揺れに、アスは静かな楽しみを覚える。
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言葉にしなくても伝わるものがある。
手のひら、笑顔、視線、そしてただ隣にいること。
そのひとつひとつが、冬の空気の中で、確かに残る温もりとなった。
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