第171話〜龍賢の視点『入れ物③ 今と昔』
アスとの対話の途中、緊張をほぐすかのように玄関のチャイムが軽く響いた。まだ空気はひんやりと冷たく、家の中には静けさだけが残っていた。いつもと違う朝の始まりを告げる音に、龍賢はゆっくりと扉を開けた。
玄関のチャイムが空気を震わせた。
龍賢が扉を開けると、タケルと見慣れない少女が立っていた。
「小学生の仲間がひとり増えてる」
龍賢は微かに笑い、コートの袖を整えながら声をかける。
「兄ちゃん…アス来てるでしょ?寒い寒い、早く入れて」
タケルは小さく身を震わせ、手で胸元を押さえる。
「来てるよ。寒いな。どうぞ入って」
龍賢は招き入れ、アスはすでに居間の畳に腰を下ろしていた。
少女は靴を揃えながら辺りをキョロキョロ見渡す。
「遅かったね」アスが軽く呟き、タケルが顔をしかめる。
「キミが早すぎるんだよ」
龍賢は立ったまま少女を見て、少し首を傾げる。
「こちらはどなた?」
「クラスメイトの若林さん。で、こっちがアス」
タケルが答えると、はいアスくんね…と適当に言ってから龍賢は若林さんに向き直った。
「はじめまして、タケルの兄、釋龍賢です」
若林さんは一礼し、少し笑みを浮かべる。
「はじめまして、タケルくんのクラスメイトの若林色です」
まるで名刺を交換するかのような丁寧な挨拶に、龍賢は軽く頷く。
「若林、色さん?」
タケルが首をかしげる。
「若林の色は?」
龍賢は少し考えて、指先で顎をなぞる。
「ん…緑?」
タケルとアスが目を合わせ、思わず笑いをこらえる。
「お母さんが緑って名前で、お父さんがお母さんを溺愛してて色って付けたんだって」
「へ〜、面白いご両親」龍賢は小さく微笑んだ。
若林さんは龍賢を見上げ、首をかしげる。
「お兄さんは…タケルくんとあんまり似てないですね。目元は似てるけど雰囲気が全然違う。なんていうか…お兄さんが昔の人で、タケルくんが今の人って感じ」
タケルが小さく鼻で笑う。
「当たり前じゃん。兄ちゃんなんだから昔」
若林さんはふ〜ん、と興味なさそうに呟き、再び目を伏せる。
「過去世の繋がりって信じますか?」
龍賢は目を細め、ふっと肩を落とす。
「なぁタケル…最近の小学生ってみんなこんななのか?」
タケルはクスクス笑いながら手を上げる。
「兄ちゃん、ぼくジュース」
「ぼくは紅茶」アスが静かに告げる。
「私はミルクティー」若林さんも小声で言う。
龍賢は手を軽く振って応じる。
「はいはい。ジュースと紅茶とミルクティーね…」
タケルが嬉しそうに話す。
「若林さんは昔のこととか歴史が好きなんだって。それでぼくんちお寺って話したら、ぜひお邪魔したいって」
若林さんは少し笑みを浮かべ、言葉を選ぶように続けた。
「タケルくんがお兄さんはお祖父様のお寺にいるって聞いたので、それなら手始めにお兄さんの聖地からって」
龍賢は椅子に腰かけ、軽く笑いながら頷いた。
「手始めに…か」
障子の外では朝の光がゆっくり差し込み、木々の影が揺れる。
室内は湯気と笑い声と、静かな興味に満ちていた。
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三人の声と湯気と、差し込む朝の光。
小さな居間に広がる時間は、どこか特別で、ほんの少しだけ日常を越えていた。
新しい出会いと、少し不思議な空気感に包まれて、龍賢は静かに笑みを漏らす。
今日という一日の始まりが、ゆっくりと、しかし確かに動き出していた。




