第165話〜社会科見学④『同じ色』
夕暮れの光が街を染める頃、世界はほんの少しだけ静かになる。
風に揺れる葉、遠くで笑う子どもたちの声、夕陽に赤く染まる校舎。
そんな日常の中で、小さな心の動きが、いつもより鮮やかに映る瞬間がある。
赤い夕陽がやけに眩しい帰り道。
ぼくは歩きながら小さくつぶやく。
「若林さんと昔好き友達になっちゃった」
アスは肩をすくめて、ふふっと笑った。
「へ〜老人会の集まりみたいな名前だね」
風が髪を揺らし、道端の落ち葉がくるくると舞う。
「若林さん、百人一首とか昔の人が好きなんだって」
アスは目を細めて、通り過ぎる影を見つめる。
「へ〜キミはいつから昔好きになったの?」
「も〜うるさいな! 今日から!」
ぼくは手をポケットに突っ込みながら答える。アスはくすくすと笑う。
「ね、若林さんって不幸じゃないでしょ? むしろ楽しんでて幸せそう」
ぼくは落ち葉を蹴りながら言う。
「確かにそうかも。流行りを追うのが苦しいのはよくわからないけど……」
アスはゆっくり歩幅を合わせ、木の影を踏むたびに葉が音を立てるのを楽しむように見つめていた。
「う〜ん、でも若林さんが笑いながら昔の話しててさ……」
ぼくは夢中で話す。声が少し高くなる。
アスは静かに微笑んで、手をポケットに入れたまま、ぼくの方を見ている。
「君さ……若林さんのこと、好きなの?」
ぼくは足を止め、肩越しにアスを見返す。
「え? 違う違う、友達だよ!」
アスは口元に微かな笑みを浮かべ、影のように寄り添う。
「ふ〜ん。そっか…ぼくは若林さん好きだけど」
アスはぼくを色素の薄い瞳でじっと見つめる。
ぼくの目が揺らぐのを見てアスはふっと笑い
「だって君の次に面白い」と言った
「なんだ、好きってそういう意味の好きか」
アスはくすくすと笑う。
ぼくはなんだか照れくさくなって、頬が熱くなる。
「でも若林さんって、キミが好きそうなタイプだよ」
「ぼくタイプなんてないよ」
「兄ちゃんの彼女に似てる」
その言葉に、風がふわりと吹き、金木犀の香りが鼻先をくすぐった。
——いつも金木犀の香りがする彼女。
柔らかな黄色い光に包まれ、祈るように静かに微笑んでいる人。
夕暮れに揺れる影の間で、心の奥に小さなざわめきが広がった。
ぼくは足を止め、少し赤くなった頬に風を感じながら、まだ沈む夕陽を見つめた。
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誰かの趣味や好みを追う必要はない。
流行に流されず、自分が楽しむことの中に、ほんの少しの幸せがある。
そして誰かの香りや微笑みが、心を静かに揺らす。
今日の小さな出会いや気づきは、やがて柔らかな光となり、ぼくたちの心に残っていくのだろう。




