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第164話〜社会科見学③『昔のはなし』

社会科見学の帰り道、バスの中や昼食の時間は、流行やファッションの話で盛り上がる女子たちの声が飛び交っていた。

その輪に入るには、流行を少しは追わなければいけないのかもしれない。

けれど、その日、タケルはまったく違う静けさの中にいる人と出会う。

それは、誰の目も気にせず、自分の「好き」にまっすぐ向き合う姿だった。


社会科見学から学校に戻ると、そのまま解散になった。

アスは先生に呼ばれて職員室へ行ってしまい、タケルはひとりで図書室に向かった。

静まり返った部屋は、外の夕方の光を受けて、机の影が長く伸びている。


奥の窓際。

若林さんが、机に肘をつき、本をめくっていた。

細い指先がページを滑り、サラサラの髪が頬にかかる。

その髪を耳に掛けた瞬間、アーモンド型の瞳がこちらを捉えた。


「…若林さん、何してるの?」

少し緊張で声が上ずった。


「図書室だから、本読んでるに決まってるでしょ」

短く言って、また視線を紙の上に戻す。


タケルは何か話さなきゃと思い、棚に並ぶ本の背表紙を見ながら口を開いた。

「百人一首、好きなの?」


「うん、好き。昔の人が好きだから」

ページをめくる音が柔らかく響く。


「昔の人? 武家屋敷に住んでた時代の人とか?」


「そう。江戸時代もいいと思う。建物とか、暮らし方とか…時代の流れも」

言葉の端に微かな笑みが混じる。

今日の武家屋敷の土壁や木の香りを思い出しているのだろうか。


「タケルくんも、好きなの?」


本当はそこまで興味はなかったけど、タケルは小さく頷いた。

「…うん」


「そっか。なんか嬉しい」

若林さんが、ふわりと笑った。

その笑顔に、タケルの胸が不意に熱くなる。


窓の外を見ると、アスが職員室から出てくるのが見えた。

「…若林さん。アスが終わったみたいだから、ぼく行くね」


「うん。ばいばい」


図書室を出かけて、足を止める。

振り返ると、若林さんはまだ本に目を落としていた。

タケルは小走りで戻り、机のそばに立った。


「あの…若林さん。たまに、昔の人のこと…ぼくと話さない? えっと…昔好き友達、みたいな」


若林さんは顔を上げ、少しだけ目を細めた。

「…いいよ。秘密の友達ね」


その瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。

タケルは頬が熱くなり、うつむいて「またね」と言い、今度こそアスの元へ駆け出した。


背中に、本の紙が擦れる音が小さく届いた。


---


放課後のざわめきの中で、流行を追う楽しさも、友達と同じ話題で笑い合う時間も、きっと悪くはない。

でも、若林さんはそこから一歩離れ、自分の世界を穏やかに育てている。

タケルは、その静けさを少し羨ましく思いながら、自分の胸に芽生えた新しい気持ちをそっと抱えた。


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