第157話…龍賢の視点『悩⑤宇宙の外』
子どもたちの問いは、ときに何よりも遠くへぼくを連れていく。
その声は小さいのに、宇宙の果てを見つめているようで。
日常の夕暮れの中に、知らない世界の扉がひそやかに開いていく。
タケルとアスが訪れてから数日後の夕方、静かな寺の敷地にチャイムが鳴り響いた。
玄関を開けると、タケルとアスが並んで立っている。薄い夕焼けの光が二人の背を照らし、小さな手提げ袋がその色を吸い込んでいた。
「ここは小学生のたまり場だな」
思わず笑うと、タケルが元気よく言った。
「今日はね、アスと兄ちゃんち泊まりにきた」
「聞いてないな、その話」
と口では言いながらも、母さんから前もって連絡が来ていたのを思い出す。
「どうぞ、入って」
二人は靴を脱ぎ、畳の部屋に腰をおろした。
「兄ちゃん、ぼくジュース」
「ぼくは紅茶でいいや」
「はいはい。ジュースと紅茶ね」
台所で湯を沸かしながら本を読んでいると、二人の笑い声が奥から聞こえてくる。湯気と共に部屋へ戻り、それぞれの前にカップを置く。
「今日はどこか行ってたの?」
タケルが頷く。
「うん。映画観に。お姉さんと」
そう言って、少し照れたように笑う。
前もって「映画連れてって」と頼んだとき、彼女はにっこり頷いていた。
「楽しかった?」
「うん。久しぶりに劇場で観たから面白かった。宇宙の映画はやっぱり劇場で観ると迫力すごい」
「きみ、最後泣いてた」アスがさらりと言う。
「え? こっそり泣いてたのに気づいた?」
「みんな気づいてたよ」
「えーうそ…恥ずかしい」
タケルが耳まで赤くしてうつむき、アスは肩をすくめる。
そのやり取りを見て、思わず笑みがこぼれた。
ふとアスが、湯気の立つ紅茶に視線を落としたまま聞く。
「兄ちゃんは、宇宙の外の世界ってあると思う?」
その問いは、冬の夕方の空気よりも静かに、しかし深く部屋の空気を変えた。
窓の外には、もう夜の色が少しずつ忍び寄ってきている。
龍賢は二人の顔を見回し、ゆっくりと息を吸った。
「……もしあるなら、たぶん想像もできない世界だろうな」
「怖くない?」タケルが言う。
「少しは。でも、想像できないからこそ行ってみたくなる」
アスはじっと龍賢を見つめ、小さく微笑んだ。
――その瞬間、外の世界の話をしているはずなのに、
この小さな部屋の中が、宇宙より広がっていくように感じられた。
宇宙の外を語りながら、実際に広がっていたのは、部屋にいる三人の間の静けさだった。
湯気と夜の気配のなかで、その問いはずっと余韻のように残る。
――たぶん「宇宙の外」も、こうして誰かと分かち合う心の中にしか現れないのかもしれない。




