第152話『消える足跡』
雪の上を歩くと、必ず残る足跡。
でも、それは風や新しい雪であっという間に消えてしまう。
「じゃあ、なくなったら歩いたことも消えるの?」
アスの問いかけから始まった、静かな冬の観察。
目に見えなくなっても、確かに残っているものがある。
そんなことを、ぼくらは雪の中で確かめた。
冬の午後。
川沿いの土手は、昨日降った雪で真っ白におおわれていた。
ぼくとアスは並んで歩いて、真新しい雪の上に足跡をつけていった。
雪は薄くて、踏むたびにザクッと音を立て、下の土の色が少しだけのぞく。
「ねえ、タケル。これ、あとどのくらい残ると思う?」
アスが振り返り、ぼくらの作った足跡を見つめながら言った。
「えー…夕方までは残るんじゃない?」
「ううん、風が吹いたらすぐ消えるよ」
アスはそう言って、雪の表面を指先でそっとなぞる。白い粉が空気に舞った。
そのとき、冷たい風が川上からすっと吹き抜けた。
足跡の縁が崩れ、丸みがぼやけていく。
さっきまでくっきりと残っていた形が、ほんの数秒であいまいになった。
「…ほんとだ。なんか、あっけないね」
「うん。消えるって、こういうことだよ」
アスはポケットに手を入れ、少しだけ笑った。
しばらく歩き、ぼくたちは立ち止まった。振り返ると、遠くに残っているはずの足跡はもう見えなかった。
「…なんか、最初からなかったみたい」
「でも、歩いたことは消えないよ」
アスはまっすぐ前を見たまま言った。
「見えなくなっても、ぼくたちが歩いたって事実は、この世界のどこかに残ってる」
ぼくは、アスの言葉を胸の奥で転がしてみた。
雪はまた静かに降りはじめ、ぼくたちの新しい足跡をそっと覆い隠していく。
たしかにさっきの道は消えたけど…心の中には、はっきりと残っている。
足跡は、風が吹けばすぐに消える。
でも歩いた時間や、そこで感じた空気や音は、ぼくたちの中に残る。
見えなくなったものほど、心の奥で輝きつづけるのかもしれない。
雪はやがてすべてを覆い隠すけれど、
あの日の足跡は、ぼくたちの記憶の中でずっと白く光っている。




