表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
278/453

第147話①『カルマ』

誰かのために何かをする時、

それが“得”なのか“損”なのか、すぐにはわからない。

けれど、その瞬間に見える表情や、ふとこぼれる笑い声が、

後になって“ああ、よかった”と思わせてくれる。

今日もそんな日だった。



玄関の方から足音がして、ふと顔を上げた。

廊下の奥からアスと彼女、それからシンが並んでやって来た。

兄ちゃんと二人で掃除していた僕は、思わず声をあげた。


「…あれ? 三人で来たの?」


「うん。カフェでお茶してた」アスは軽く笑う。


「えー、ウソ! いいな」

思わずむくれると、彼女が微笑んで言った。

「今度はタケルくんも行こうね」



カフェの甘い匂いを想像して、なんだか損した気分になって僕は口をとがらせた。

なんで僕だけ…。

今日の僕は、兄ちゃんと一緒にこの部屋を掃除していただけだったから。


この部屋は、昔兄ちゃんが使っていた部屋。

窓からは午後の光が差し込み、木の床がやわらかく輝いている。

シンが落ち着けるようにと、兄ちゃんと相談して片づけた。

古いソファと低いテーブル、壁際には彼が好きそうな本を並べた小さな棚。


兄ちゃんがシンを見て、にこっとする。

「シンが過ごしやすい部屋、できたよ」


僕はまだ不満顔のまま言った。

「いいな、カフェ。ボクなんて麦茶飲みながら、兄ちゃんとずっと掃除してたんだよ」


アスは軽くうなずき、真面目な顔で言う。

「ありがとう」


「なんかボクだけ損した気分」


兄ちゃんは少し間を置いて、僕の顔を見た。

「…損した、ね」


その言い方が、なんだか意味ありげでちょっとむかつく。

「タケル、世の中ってね、“得”したことも“損”したことも、結局はまわってくるんだよ」


「えー…でも、今は損してるじゃん」


「それは“今”の話だよ。“あと”に返ってくる」


「あとっていつ?」


兄ちゃんは少し笑って、肩をすくめた。

「……いつか」


「いつかって、ずるいよ。明日? 一年後? 大人になってから? そのころもう掃除したこと忘れてるよ」


「そういうものなんだ。カルマって」


「でも今は、カフェのパンケーキ食べたほうが得だよ!カルマなんかより!」


アスがクスッと笑った。

「タケルのそういうとこ好き」


彼女も静かに笑う。

「でも、“いつか”返ってくるって、ちょっと楽しみじゃない?」


「…じゃあ、今のうちにいっぱい損しといたほうが得ってこと?」


兄ちゃんは首を傾げた。

「うーん…まあ、そういう考え方もあるかもしれないね」


その時だった。


ふいに、部屋の隅からケタケタという笑い声が響いた。

見ると、ソファに寝転んだシンが、置いてあった月の本をパラパラめくっている。

ページの中の大きな月の写真を見つけるたびに、声を上げて笑い、指先でそっと紙面をなぞる。


午後の光が、シンの髪とページの白をやわらかく照らしていた。


その様子を見て、僕はつい口にした。

「兄ちゃん…ボク、掃除して…ちょっと良かったかも」


兄ちゃんは、何も言わず、ただやさしく笑った。



---


カルマは目に見えない。

でも、確かにここにある。

掃除をした小さな午後が、

月の写真を見て笑うシンの声に変わり、

僕の胸を静かに温めてくれる。

それなら、少しぐらいの“損”も悪くない。



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ