第143話『透明な子』
アスの弟は、風が吹くと目を閉じて笑います。
言葉の代わりに、音や色で世界を感じています。
静かで、怒ることもなく、
まるで“透明な子”のようです。
これは、そんな彼と過ごした、ある日の物語。
風のように、そっと読んでみてください。
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お寺の縁側で、連日タケルの家に遊びに来ている弟と並んですわっていた。
秋の風が、すこし冷たくなってきている。
弟は静かに外を見ていた。
何かを探しているようでもなく、ただ、いる。そこに、いる。
そのとき、ふわっと風が吹いた。
弟は、すぅっと目をとじた。
まるで、風の中にすっぽり溶けこむように。
ぼくは、そっととなりを見た。
弟は、うれしそうに目をとじたまま、すこし笑っていた。
声は出さない。でも、たしかに笑っていた。
ぼくは、小さな声で言った。
「風……すきなんだね」
弟はなにも答えなかった。
でも、風がやむと、すっと目をひらいて、
また静かに外を見つめていた。
しばらくして、また風が吹いた。
弟はまた目をとじた。
そして、また笑った。
風にしか返事をしない子。
音やことばよりも、空気のゆれに、心が動く子。
そんな弟を見ていると、
ぼくは、ふしぎな気もちになる。
この子は、世界とちがうリズムで生きてるんじゃないかって。
人じゃなくて――
もっと透明な、風とか、水とか、
そんなものに近いんじゃないかって。
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アスの弟は、見えないものと遊びます。
「きらい」じゃなく「あか」、「うれしい」じゃなく「みどり」。
ことばよりも、風や光で気持ちが伝わります。
静かだけど、ちゃんとここにいる。
そんな彼の世界に、タケルもそっと触れたのです。




