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第29話「ぼくにこころはある?」

人間と人工知能の違いは「感じているか」どうか――。それはタケルたちにとって、とても身近で、とても難しい問いです。「こころがある」とは何か。「あるように見える」だけの存在と、ほんとうに「ある」存在の区別は? 哲学的ゾンビや中国語の部屋といった思考実験を通じて、今回の物語は、言葉や意味を超えた“感じること”の本質を問いかけます。

「今日の道徳、ヘンだったよな」

帰り道、タケルはぽつりと言った。

「先生が『心があるって、どう証明できると思いますか?』って聞いてさ。……みんな、『考えるから』とか、『泣いたり笑ったりするから』って言ってたけど、アスは何も言わなかったね」


アスは、少し間をあけて言った。

「じゃあ、人と同じように話して、人と同じように笑っても……中に“誰もいない”としたら?」


「哲学的ゾンビってやつだよ」とアスは続ける。

「感じてる“ふり”をして、苦しんでる“ように”見える。でも実際にはなにも感じてない。そんな存在がいたら、見た目じゃぜんぜんわからないよね」


タケルは言葉に詰まる。


その時、不意に空を見上げたアスがつぶやいた。

「――弟のこと、思い出した」


タケルは、そっと立ち止まる。


アスの弟は、自閉症スペクトラム障害を持っている。言葉は通じない。視線もあまり合わない。

でも、光に手をのばし、影を追って遊ぶ姿。あれは、何を“感じていた”んだろうか。


「このあいだもさ。弟が、暗い部屋でただじっと、デジタル時計の光を見てた。ずっと、ずっと……言葉も音もなしで」


アスの声は静かだった。


「そのとき、ふと思った。――中国語の部屋の話、知ってる? 文字を理解してない人がマニュアルを使って会話するって話。弟の世界も、もしかしたらそれに近いのかも、って」


タケルは聞き返す。

「じゃあ、弟には“心”がないってこと?」


アスは首を振った。

「ちがう。逆。文字の意味を知らなくても、彼は世界とつながってる。光のかたち、風の音、影の揺れ――それが弟にとっての“ことば”なんだと思う」


しばらく黙ったあと、タケルが小さな声で言う。

「ぼくらって、言葉で考えてるようで……ほんとうは、自分で考えてないのかもな」


アスは笑った。

「だから“観察”するんだよ。感じるために。考えるために、じゃない」



その夜、『うちゅうかんさつノート』にこう書いた。  

ぼくは、ちゃんと“感じている”と思っていた。でも、感じるふりをしてるだけだったら……?

弟が光を追うとき、そこに“こころ”がないなんて言えるだろうか。

むしろ、ぼくの方が――なにも感じてないのかもしれない

アスの弟の描写を通して、“わからなさ”そのものに寄り添ってみました。言葉の意味がわからなくても、光に手を伸ばす感覚。心があるかどうかは、外から決められない。でも、そうして問い続けることこそが、「心」のある証かもしれません。

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