第120話『触れた指先』
夜の光のなかで、
タケルはアスにぽつりと語る。
「ねぇアス、ちがう時空の人と、ふれることって できると思う?」
その日の昼、
ひとりで訪れたアスの家に、
タケルは 小さな “てのひらの記憶” を見た――
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夜。タケルの家。
お風呂も済ませて、二人は麦茶を飲みながらテーブルにいる。
部屋の窓からは月の光がうっすら入っていて、外の虫の声がかすかに聞こえる。
タケルが静かに言った。
『ねぇ、アス。違う時空の人と触れる事って、出来ると思う?』
アスはぴくっと眉を上げて、麦茶のコップを手に取ったままこっちを見た。
『………。キミ 今日めずらしくご飯おかわりしなかったから、何か考え事してるとは思ったけど。
それ、なんかぼくみたいなこと言ってる。』
タケルは少しむくれて、
『アスみたい?違う違う! 今日ね、アスの家に行ったんだ。病院行ってるって聞いたから、制服のかえ取りに。』
と、そのまま、あの窓辺に座って、手をひらひらさせて、弟の影を思い出したこと。
目を閉じたら、小さな手に触れた気がしたことを、ゆっくり話した。
アスは最初は黙って聞いていたけど、途中から小さくうなずきながら、顔がだんだん明るくなっていった。
『ね、タケル。もしかしたら弟の世界線は、今も“近い”場所にあるのかも。
時空っていうのは、本当は一本じゃなくて、よりあつまってる“層”みたいになってるって考え方もあるんだよ。
それぞれの世界は、別々だけど、ふとした瞬間に“重なる”ことがある。』
アスは手をひらひらさせるしぐさをマネしながら、
『その重なったところで、キミの“触れよう”とする気持ちと、あっちの世界の“触れてほしい”って気持ちが、
一致した瞬間、指先がふれあう──。それって、すごいことじゃない?』
タケルは少し照れくさそうに笑って、
『アスってやっぱり、なんか楽しそうだね、こういう話。』
するとアスは、ほんとうにうれしそうに、
目をまるくして、にっこり笑った。
『うん。だってキミが、“ぼくの話す世界”のことを、感じたってことでしょ?』
──その夜、二人はそのまま、月が高くなるまで静かに話していた。
ふれたのは、
もう いないはずの ぬくもり。
それでも確かに、手のひらに 残っている気がした。
光の奥には、まだ ほどけていない世界がある。
タケルの問いに、アスはうれしそうに目を細めていた。




