第25話「もし世界がぼく一人だったら?」
ある日ふと、鏡の中の自分と目が合って、思った。
「ぼくって、本当にここにいるのかな?」
そしてこうも思った。「じゃあ、みんなは?」
そんなちょっとこわくて、でも気になってしまうお話。
朝、登校の準備をしながら、鏡の中の自分とじっと見つめあった。
「この世界って、ほんとうに“ある”のかな?」
そんなことをふと、思ってしまった。
***
登校の道でアスに言った。
「ねえ、もし、この世界が、ぼく一人しかいない世界だったらどうする?」
アスは笑って言った。
「だったらぼくは、きみのつくったキャラクターってことになるね。へんなセリフ言わないでよ?」
「でもさ、ほんとうにそうだったら、ぼく、こわいなって」
「こわがってる時点で、たぶん違うよ。ひとりぼっちだったら、そもそも“こわい”って思わないもん」
そんなものなのかな。よくわからないけど、ちょっと楽になった。
***
授業中、まわりの声がとおくに感じる。
先生の声、クラスの笑い声、机の上の教科書。
すべてが、「ぼくの見てる夢」だったとしたら?
だれかの“ほんとう”を、ぼくは確かめることができない。
アスがとなりでくしゃみをした。
そのくしゃみだけは、やけに生々しかった。
***
放課後、寺に戻ると、兄が法事を終えて戻ってきたところだった。
法衣を脱いで、たたみながら言った。
「なにか、考えごと?」
「もしこの世界が、ぼくの頭の中だけだったらどうしようって…」
兄は畳をトントンと整えながら言った。
「そう思えるのって、“世界”がちゃんとある証拠かもしれないね」
「え?」
「たとえば夢の中じゃ、自分が夢を見てるって思わない。
でも今、“そうかもしれない”って思ってるでしょ?
それってもう、世界に手をのばしてる証拠だよ」
兄は窓の外の空を見上げた。
「タケルが見てる空、ぼくも、たぶん同じ空を見てる。
そう思えるだけで、世界ってすこしだけ、ほんとうになる気がするんだ」
***
今日のかんさつノート
> もし、世界がぼく一人のものだったら?
でもアスが笑ったり、兄が空を見てたり、
ぼくの知らないことを言う“だれか”がいる。
それって、ぼくのつくった夢じゃない。
「きみも、そう思う?」って聞けるってことは、
“きみ”がいてくれるってことなんだ。
「世界がじぶん一人の夢だったら?」なんて、こわい想像をすると、さびしくなる。
でも、そのさびしさをだれかに話したくなるなら、
もうその時点で、世界はちゃんと“ある”のかもしれないね。




