第101話『うまれた日と、さよならの日〜後編』
翡翠の耳飾りが風に揺れる。
夏の終わり、あの人の背中には、言葉にできない透明な時間が流れていた。
生まれることと、去っていくこと――どちらが大切なのか。
人はどこから来て、どこへ向かうのか。
そんな問いが、ふと胸に宿ることがある。
それは、答えを求めるというよりも、
この世界に静かに触れてみたくなる瞬間のようなものかもしれません。
翡翠の耳飾りが、最後にひとつ、風に揺れて音を立てた。
彼女が歩き出す。
その背中を見送りながら、タケルとアスは並んで歩いた。
タケルがぽつりとつぶやいた。
「ねえアス、人って……どこから来て、どこへ向かうのかな?」
アスはくすっと笑った。
「なんで笑うの?」
「いや、キミが最近深いこと言うから、嬉しくて」
「それって嬉しい笑いじゃないよね?」
タケルがむくれると、アスはくしゃっと笑った。
「ううん、ちゃんと嬉しいよ」
タケルは少し照れたように空を見上げた。
「……で、どう思う?」
アスは黙って、空にひこうき雲を見つけた。
「どこかから来て、またどこかに帰っていく……そんな感じかな」
「帰るって、どこに?」
「わからない。でも、帰る先があるって、信じたくなるときがある」
「へんなの。でも……ぼくも、帰る場所があるといいな」
風がまた吹いた。
草が静かに揺れ、空のすきまから、やわらかな光がこぼれた。
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前編に出てきた「生まれた日と亡くなった日」の問いは、
アルフォンス・ミュシャの人生にもつながっています。
ミュシャは、7月14日に亡くなり、7月24日に生まれました。
彼の壮大な《スラヴ叙事詩》は、人の命や民族、そして信じる心の旅を描きました。
どちらが大切なのか――生まれる日か、旅を終える日か。
それを考えることは、「今をどう生きるか」を静かに見つめることなのかもしれません。
そして、タケルとアスのように、
「深い問いを笑いながら語れる」関係こそが、
きっと人をやさしく照らす光になるのでしょう。
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