特別編〜お盆の記憶③『まどかとエン』
人の顔は、ひとつの物語を抱えている。
知らないはずの名前を、見知らぬ人が呼ぶとき——
それは、時を超えて手渡された“記憶”のかけらかもしれない。
大人になるにつれ、言われるようになった。
「まどかさんによく似てるね」と。
親族からも聞いたことがないその人のことを、後に祖父から知った。
今の俺と同じ年のころ、交通事故で亡くなったという。
みな口を揃えて言う――
「円さんは、慈愛に満ちた人だった」と。
まだ円が誰かも知らない頃、思い切って祖父に尋ねた。
「爺ちゃん、まどかって誰?」
祖父は目を見開き、俺を見つめたまま黙り込んだ。
沈黙のあと、低い声で言った。
「……円」
その呼び方は、まるで俺の名前のように響いた。
親しかった檀家さんが亡くなった日、葬儀のあと声をかけられた。
「円さん?」
亡くなった方の息子で、父よりずっと年上の人だった。
振り返ると、彼はまじまじと俺を見つめ、
「あの頃のままだ……円さん……」と呟いた。
風が通り抜けた。
俺は視線をそらさず、静かに聞いた。
「円さんって誰ですか? よく言われるんです。」
男は少し笑ってから首を振った。
「円さんのはずがないってわかってる。でも、あまりにも似てて……懐かしくてね」
そして、
「ごめんね。しゅうえんくんの息子さんだったね」
「はい。しゅうえんの息子の龍賢です。」
男は目を細めた。
「君のお父さんには、お兄さんがいたんだ。君にそっくりでね、まるで円さんそのものだった」
「父に兄がいたなんて、聞いたことない。」
その言葉に、男は目を伏せた。
「……まだ、乗り越えられないんだね」
そう言い残して去っていった。
円……まどかと呼ぶ人、エンと呼ぶ人。
みんな同じ目をして、俺を見つめる。
俺の中にきっと円がいる。
俺の中の円に、みんな触れようとしている。
数日後、祖父が一枚の写真を見せてくれた。
「これが円だよ」
どんな人だったのか、祖父はゆっくり語ってくれた。
正直、似ているかどうかは自分ではわからなかった。
けれど――慈愛に満ちた円を、俺は確かに自分の中に感じた。
それは、少し誇らしい気持ちだった。
名を呼ばれるたびに、兄はふと遠くを見る。
そこには兄の過去ではなく、会ったことのない人の未来が重なっていた。
その重なりを誇らしく思うのは、きっと血のせいだけじゃない。




