特別編〜お盆の記憶②『繋がる円』
夏の午後、光は柔らかく、風は遠くから木の葉を揺らす。
目に見えるものと、目に見えないものの境界は、ふとした瞬間に滲む。
それは幽霊か、記憶か、それともただの心の揺らぎか――。
タケルとアスは、そんな境界線の上で話し始める。
午後の光が窓から差し込んで、教室の机を静かに撫でていく。
蝉の声が遠く、ゆらりと揺れる木の葉を通り抜けていった。
タケルがぽつりと呟く。
「幽霊って、いると思う?」
アスは少し笑って答える。
「いるかもしれないし、いないかもしれないね。見たの?」
「うん、お盆にお墓で花を替えてたら、作務衣姿の男の人に会ってさ。お母さんに渡してって、うさぎのキーホルダーを預かったんだ」
「キーホルダー?」
「そう…赤い目の、古いデザインのうさぎ。お母さんにそれを渡して、あと“もう来なくていいよ”ってお父さんに伝えた」
アスは眉をひそめた。
「来なくていいってなにそれ?どこに?」
「ぼくにもよくわからないけど…お父さんはその人を“エン兄さん”って呼んでた」
「知り合い?」
「う〜ん。お父さんには年の離れたお兄さんがいたらしいんだ。お母さんとは幼なじみで三人でよく遊んでたんだって…そのお兄さんが、エン兄さん」
「へえ」
「でもね、その人兄ちゃんと同じくらいの年齢の時お祭りの帰りに交通事故で亡くなったって。お父さんは、お兄さんが亡くなった場所に30年間毎日今も通い続けてるんだって…」
「へ〜なるほど、来なくていいよってその場所に来なくていいって事か。ふ〜ん、そう言う意味ね」
「うん多分。こわいくらい全てが噛み合うと思わない?」
「………そして君に幽霊がキーホルダーを渡したってことだね」
「怖いこと言わないでよ」
窓の外、風がそっと木の葉を撫でた。
「幽霊って、本当にいるのかな」
アスは静かに言った。
「君が見たのは君の脳が見せたものかもしれない。存在は確かだけど、それが外の世界にあるかは別の話」
「それって?」
「“クオリア”だよ。色や音のように、君だけの感じ方」
「だからいるともいえないってこと?でもキーホルダーは…?」
アスは肩をすくめた。
「それはわからない。でも面白いよね」
風がまた木々を揺らす。
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タケルは静かに思った。
お母さんはずっと、届かない人に恋い焦がれている。
お父さんは、遠い昔のその人を想い続けている。
ぼくは、誰かの一部しか知らない。
ぼく自身も、ぼくの一部しか知らないのかもしれない。
世界は、そんな細い糸でつながっているのだろう。
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人は、他人のすべてを知ることはできない。
そして、自分のことすら、ほんの欠片しか知らない。
けれど、その欠片が交わる時、目には見えない糸がふっと現れることがある。
幽霊の話は、もしかするとその糸の色を教えてくれるだけなのかもしれない。




