特別編〜お盆『エン…後編』
送り火の赤が、ゆっくりと夜に吸いこまれていく。
帰ってきたものたちは、帰っていく。
手を振るような気持ちで見つめながら、
タケルは胸の奥で、ひとつの問いを温めていた。
「また会えるのかな」
その答えは、火の粉のように消えて、空へ昇っていった。
夜更け。
月明かりが障子を淡く照らすころ、タケルはそっと居間へ向かった。
両親が茶をすすりながら、ようやく一息ついている。
「あら、タケル。まだ起きてたの?」と母。
「うん、ちょっと」
父がニヤリと笑う。
「なんだ? お母さんとお父さんが恋しかったか?」
「は? 恋しくないよ!」
「三人で一緒に寝るか? タケルはかわいいな」
ガハハと笑いながら、肩を叩いてくる。
「無理……寝ないし。話があったの!」
母が苦笑して父を制した。
「お父さんがうるさいから、タケルが話せないじゃない。どうしたの?」
「タケルが可愛いのが悪い」
「うるさいわ!」
「今日、夕方……墓で作務衣姿の男の人に会ったんだけどね。お父さんとお母さんのことを知ってるみたいだった」
母の眉が少し動く。
「ん? お墓参りの人? 檀家さんかしら」
父が冗談めかして言う。
「タケル、誘拐されなかったか?」
「されてないから、今ここにいるでしょ」
母が父を睨む。
「お父さんとお母さんのことを聞いてきて、“あさひさん”と“しゅうえん”って呼んでた」
母が短く「それで?」と促す。
「でね、これ……お母さんにって」
タケルはうさぎのキーホルダーを差し出した。
母の目が、大きく見開かれる。
指先でそっとそれを受け取り、しばらく見つめたあと、父に渡す。
さっきまでだらけていた父が、背筋を伸ばして座り直す。
二人とも、言葉を失ったように沈黙した。
母の目に、光が滲む。
「……それで、“しゅうえんにはもう来なくていい”って、その人が伝えてって」
父は珍しく真面目な顔になり、目を伏せてタケルの手を握った。少し震えるその手をタケルは握り返した。
兄さん……兄さん……
エン兄さん……
それは、涙をこらえながら吐き出すような声だった。
父は、誰かの弟に見えた。
タケルは、それ以上なにも聞かなかった。
障子の外、虫の声が深く響いていた。
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人は、忘れることで生き、
思い出すことで生きる。
お盆の夜、タケルはその両方を同時に抱きしめていた。
灯の消えた縁側で、虫の声だけが続いている。
それは、来年の夏への約束のように聞こえた。
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