第95話『連鎖の夜』
花火の余韻が静かに消えた夜。
縁側で交わされる声は、遠い星の光のように、
過去と未来のあいだをそっと照らしていました。
縁側に、線香花火の静かな音が揺れていた。 最後の火が、宙にぽとりと落ちた。
アスとタケルは火を見つめたまま、口を開かない。 奥の座敷では、彼女がもう眠っている気配があった。
夜の闇は深く、それでいてやさしい。
しばらくして、畳を踏む音が近づく。 兄だった。 浴衣姿で、すこしだけ汗をかいている。
「まだ起きてたんだな」
そう言って、縁側に腰を下ろした。 線香花火の火種の余熱が、まだどこかに残っていた。
アスが口を開いた。
「ねぇ、兄ちゃん。連鎖って、なんだと思う?」
兄は少し考えてから、短く答えた。
「止めないかぎり、続くもの、かな」
「止められるの?」
「難しい。でも、止められないものじゃない」
アスは空を見上げた。
「彼女は、断ち切れないって思ってるんじゃないかな。 彼女の悲しみも……連鎖だと思ってる」
タケルは、そっとアスを見た。
アスは静かに続けた。
「優しさって、たぶん、いちばん静かな連鎖かもしれない。 誰かを傷つけた連鎖と同じように、 誰かを包むような優しさも、繋がっていくといいのにね」
兄は少し笑った。
「それ、俺も思うよ」
アスがまた問いかけた。
「でもさ、自分で選んでるつもりでも、 ほんとは全部誰かからもらった“色”のせいかもしれないよね?」
兄は頷いた。
「そうだね。選択って、ほんとうに自由なようで、 育った環境とか、出会った人とか、そういうものの影響が大きい。 自由意志っていうけど、どこまでが“自分の意志”かは……難しいところだ」
タケルがつぶやく。
「え、じゃあさ、ぼくが今日『カレーがいい!』って言うのも、 自由じゃないの……?」
アスが笑う。
「それ、昨日のカレーがおいしかったからじゃない?」
タケル「……それも、誰かのせい?」
兄は微笑んで答える。
「“せい”って言うとちょっと違うけど…… 誰かの“影響”ってのは、きっと避けられない。 でも、そこからどう変えていくかは、自分にしかできないことだよ」
アス「遺伝と環境、どっちが“連鎖”を作ると思う?」
兄は少し考えて言った。
「どちらもあると思う。 種と土、みたいなもんだよ。 でも、陽のあて方や水のやり方は、変えることができる」
アスはその言葉に、どこか安心したような顔を見せた。
「それが、“生きてる”ってことなんだね」
夜空の奥で、小さな光がふたたび咲いたような気がした。
悲しみもやさしさも、受け継がれていくなら、
連鎖はきっと「断ち切るもの」ではなく、
少しずつ色を変えていくものなのかもしれません。




