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第026話『やさしさの ほうそく』

知っていることより、感じていること。

賢いより、やさしいほうが、

本当はずっと大事なことだったのかもしれません。

これは、そんな“進化”のはなし。



「この本、読んだことある?」


アスがひょいとカバンから出したのは、

少し色あせた児童書だった。

タイトルは『アミ 小さな宇宙人』。


放課後、曇った空の下、

ふたりは学校の裏庭にあるベンチに座っていた。

秋の終わりの空気は、乾いていて少し冷たい。


「これ、宇宙人が出てくるんだけどさ」

アスは表紙をなでながら、タケルの方を見た。

「この宇宙人、“知識”とか“力”じゃなくて、

“愛がどれくらいあるか”で文明の進み具合を判断するんだって」


「えっ、成績とかテストみたいな感じ?」


タケルが首をかしげると、アスはふわっと笑った。


「ううん。“やさしさの偏差値”みたいなやつかな。

自分より、誰かのことを先に思えるかどうかっていう進化の目安」


タケルは、しばらく黙って考えた。

頭じゃなく、胸の奥がざわっと動いた。


雨の日のことを思い出した。

本堂のひさしの下で、タケルと兄と一緒に雨を眺めていたとき。

門の外に、兄の恋人が立っていた。


水色の服が濡れて、髪が肌にはりついて、

その姿は、まるで雨にうつる光のようだった。


兄が黙って傘を取り、彼女のもとへ走っていった。

ふたりが本堂に戻るころ、タケルの胸はなぜか苦しかった。

でも、苦しさだけじゃなかった。

あの時、自分も彼女を傘にいれたかったのかもしれない——


「……あれって、やさしさだったのかな」


タケルがぽつりと言うと、

アスは本を閉じ、静かにうなずいた。


「うん。恋とか、愛とか、そういう言葉にしなくても、

だれかを思う気持ちは、ちゃんと進化してる証拠なんだって、アミが言ってた」


「でもさ」

タケルは言った。

「やさしくするのって、時々むずかしいよ。

ぼく、すぐ怒っちゃうし、イライラもする」


アスは空を見ながらつぶやいた。


「だから進化には時間がかかるんだよ。

でも、思い出すことができるなら、それもやさしさの一部なんじゃない?」


ふたりのあいだに、風がそよいだ。

雲の切れ間から、やわらかい光が一筋、降りてきた。


タケルはその光を手でつかもうとして、

くすっと笑った。


「じゃあ、ぼくもほんのちょっと進化したのかな」


アスはなにも言わなかった。

けれど、その笑顔は「もちろん」と言っているようだった。



---




アミの星では、

「やさしさ」が進化の証だった。


タケルが感じた、名前のない気持ち。

それはたぶん、

宇宙のどこかで測られている“心のかたち”。


見えなくても、名づけられなくても、

確かにそこにある想いは、

いつか、やさしさになる。


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