第023話『1/fのひかり』
ろうそくの炎には、なぜか心が落ちつく。
それは“1/fゆらぎ”と呼ばれる、自然が奏でるリズムだからだという。
今回は、その光が照らす静かな宇宙と、ふたりの会話の物語。
風のない夜だった。
お寺の本堂のすみに、小さなろうそくの光がともっていた。
タケルの兄が用意してくれたのだという。
停電していたわけじゃない。
ただ、アスが「どうしても“本物の光”を見てみたい」と言ったから。弟に見せたいと言ったから。
弟は最初だけ来て、「あおーあかい」「ひーひー」とつぶやいてから、
眠たそうに廊下の奥へ消えた。
ほんの一瞬、炎をのぞきこむようにしていたのを、タケルは覚えている。
今は、アスとタケルだけが、その火の前にいた。
「ゆらいでる」
タケルがつぶやく。
「1/fゆらぎ、って言うんだよ」
アスは炎を見つめながら言った。
「自然のなかの、ちょうどいい“ゆらぎ”。
木漏れ日とか、川の音とか、波とか。
人が心地よいって感じるリズムは、だいたいこのパターンなんだって」
「それって……きまってないようで、きまってる感じ?」
「うん。完全じゃない規則性。
ぼくたちの心臓の音とか、歩くリズムも、ほんとはそう」
タケルは炎を見つめた。
すこし右にゆれ、左にゆれ、ふっとかすかに消えそうになってまた立ち上がる。
「なんか……これって生きてるみたい」
「その感覚、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールっていう画家も持ってたと思う」
アスが静かに言った。
「誰?」
「17世紀の人。宗教画を描いてたんだけど、
ろうそくの光だけで、人や部屋を照らす構図が有名。
彼の絵のなかでは、炎がいちばん生きてるんだよ。
静止画なのに、動いてるみたいな感じ。まさに“1/f”って感じ」
「……すごいな、そんなの感じてたんだ」
「昔の人って、宇宙のことを宗教画で描こうとしたでしょ。
あれって“見えないものに、形を与える”ってことなんだと思う」
タケルは黙って、炎を見つめた。
ろうそくの光は、どこにもぶつからずに、ゆらゆらと動いていた。
「アス……宇宙もゆらいでるの?」
アスはふっと笑った。
「宇宙が“完全に静か”だったことなんて、たぶん一度もない。
ビッグバンも、星の鼓動も、重力波も……全部“ゆらぎ”だよ」
「じゃあ……ぼくらも?」
「もちろん。
ぼくらは、宇宙の“うた”の一部分。
それも、完全でも不完全でもない、いちばんやさしい部分だと思う」
炎がまた、すこしだけ形を変えた。
ふたりの顔が、ほのかにゆらいで見えた。
タケルは思った。
——この光のなかには、宇宙があるのかもしれない。
ぼくらの声や、まばたきや、思い出すことさえも、
全部、“ゆらいでる”のかもしれない。
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火のゆらぎ、風のささやき、川の音。
それらは「1/fゆらぎ」と呼ばれ、わたしたちの心に自然に響きます。
きっと弟が見ていたのも、その“やさしいリズム”。
ふたりの会話もまた、そんなゆらぎのひとつとして、
夜の宇宙にすこしだけ浮かんでいたのかもしれません。




