第021話『じかんのたびびと』
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」
この言葉のなかには、“とどまらないもの”へのまなざしがある。
今回は、そんな時間の旅人たちの、静かな観測ノート。
兄が庭の掃除をしていた日、ふいに話しかけてきた。
「タケル、“月日は百代の過客”って知ってる?」
「聞いたことあるけど……むずかしい」
「月日っていうのは、“ずっと旅をしてるもの”なんだって。
とどまらずに流れて、行ってしまう。
だから、ぼくらも、ほんとはどこにも“いない”のかもしれないな」
兄はほうきを止めて、空を見上げた。
木の枝がゆれて、金木犀の香りがすこし流れてきた。
その日の午後、タケルはアスと合流して、公園に向かった。
長い遊歩道のある静かな場所だった。
アスの弟が、舗装された道を、
すこしだけ右に傾きながら、まっすぐに歩いていた。
「いち、に、さん……」
ときどき声に出しながら、同じ歩幅、同じ速さ。
でもタケルには、なにかが“ちがっている”ように見えた。
「弟、またここ歩いてるんだね」
タケルが言うと、アスがうなずいた。
「うん。いつもこの道。
本人にとっては、たぶん“初めて通る場所”なんだけどね。
ほら、木の影のかたちも、音も、風のにおいも……
ちょっとずつ、ぜんぶ違ってるんだよ」
「同じところをぐるぐるしてるようで、ちがう道……」
「そう。
それって、“時間の旅”じゃない?」
タケルは思った。
アスの弟は、ただ歩いてるんじゃない。
時間の上を、ていねいになぞるように、旅しているのだ。
しばらく見ていると、弟がふいに立ち止まった。
じっと空を見上げる。
風がふいた。
金木犀の花が、ひとひらだけ、足もとに落ちた。
弟がそっと言った。
「とーり」
その言葉は、どこかへ向けた合図のようだった。
旅人が、宿を通りすぎるときにつぶやくような。
アスが静かに言った。
「時間は、泊まらないんだ。
ぼくらはみんな、時間に“泊めてもらってる”だけかもね」
タケルは空を見た。
風がまだ、どこかへ向かって流れていた。
——それは、時間の旅人が通ったあとの、風だったのかもしれない。
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時間は、誰かが運んでいくものではなく、
それ自体が、旅をしているのかもしれません。
アスの弟の足取りは、その旅に静かによりそいながら、
ぼくたちが忘れていた“今という瞬間”の尊さを、教えてくれました。




