表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/468

第021話『じかんのたびびと』

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」

この言葉のなかには、“とどまらないもの”へのまなざしがある。

今回は、そんな時間の旅人たちの、静かな観測ノート。



兄が庭の掃除をしていた日、ふいに話しかけてきた。


「タケル、“月日は百代の過客”って知ってる?」


「聞いたことあるけど……むずかしい」


「月日っていうのは、“ずっと旅をしてるもの”なんだって。

とどまらずに流れて、行ってしまう。

だから、ぼくらも、ほんとはどこにも“いない”のかもしれないな」


兄はほうきを止めて、空を見上げた。

木の枝がゆれて、金木犀の香りがすこし流れてきた。


その日の午後、タケルはアスと合流して、公園に向かった。

長い遊歩道のある静かな場所だった。


アスの弟が、舗装された道を、

すこしだけ右に傾きながら、まっすぐに歩いていた。


「いち、に、さん……」

ときどき声に出しながら、同じ歩幅、同じ速さ。

でもタケルには、なにかが“ちがっている”ように見えた。


「弟、またここ歩いてるんだね」

タケルが言うと、アスがうなずいた。


「うん。いつもこの道。

本人にとっては、たぶん“初めて通る場所”なんだけどね。

ほら、木の影のかたちも、音も、風のにおいも……

ちょっとずつ、ぜんぶ違ってるんだよ」


「同じところをぐるぐるしてるようで、ちがう道……」


「そう。

それって、“時間の旅”じゃない?」


タケルは思った。

アスの弟は、ただ歩いてるんじゃない。

時間の上を、ていねいになぞるように、旅しているのだ。


しばらく見ていると、弟がふいに立ち止まった。

じっと空を見上げる。

風がふいた。

金木犀の花が、ひとひらだけ、足もとに落ちた。


弟がそっと言った。


「とーり」


その言葉は、どこかへ向けた合図のようだった。

旅人が、宿を通りすぎるときにつぶやくような。


アスが静かに言った。


「時間は、泊まらないんだ。

ぼくらはみんな、時間に“泊めてもらってる”だけかもね」


タケルは空を見た。

風がまだ、どこかへ向かって流れていた。


——それは、時間の旅人が通ったあとの、風だったのかもしれない。



---


時間は、誰かが運んでいくものではなく、

それ自体が、旅をしているのかもしれません。

アスの弟の足取りは、その旅に静かによりそいながら、

ぼくたちが忘れていた“今という瞬間”の尊さを、教えてくれました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ