表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/468

第018話『ゆびさきの記憶』

世界に触れることは、自分の中に“かたち”を写しとることかもしれません。

弟の手、石のぬくもり、そして残された香り──

今回は、そんな“触れた記憶”のお話です。



朝の境内。

ぼくは竹ぼうきで、落ち葉を掃いていた。


まだ風は冷たくなくて、空気のすきまに、ほんの少しだけキンモクセイの名残が漂っていた。


アスの弟がふと、立ち止まった。

何も言わず、境内のすみの石の上に、そっと手をのせていた。


その石は、兄の恋人がときどき腰かけていた場所だった。

目を閉じると、あの人の声が、少しだけ耳の奥に響く気がした。


「ねえ、アス。なんであそこに触るんだろう」

ぼくがそう言うと、アスは手を止めて、ちょっと考えるような顔をした。


「触るって、記憶をしまう動作なんだよ」


「は?」

ぼくが首をかしげると、アスは落ちていた銀杏の実をつまんで、においをかぎながら言った。


「たとえばさ。おばあちゃんの炊飯器、もうないのに、手ざわりだけ覚えてることってない?」


「ある……かも」


「そう。世界ってね、触ったときに、自分のなかに“コピー”されるんだよ。

皮ふは、目とはちがって、いつまでも残る記憶を持つんだって」


そう言いながら、アスは弟のほうをちらっと見た。


「弟、前にも、あの柱に毎朝触ってたでしょ。あれ、きっと“地図”なんだよ。自分の安心できる場所の。

世界の中の“ここ”っていう場所を、確かめてる」


「ふーん……」


ぼくは境内をぐるっと見渡した。

たしかに弟は、いつも決まった石、決まった木の皮、決まった鉄柵を手のひらでなぞっていた。

ひとつひとつが、自分だけの地図の“しるし”なんだと思うと、なんだかその手の動きがやさしく見えた。


「じゃあさ」

ぼくは言った。


「前に兄ちゃんの彼女が最後にさわったあの石も、彼女のことを、まだ覚えてるのかな」


アスは、少し笑ってから、首をかしげた。


「どうかな。

でも、人間の脳より石のほうが長く残るよ。千年とか。

つまり……忘れないってことかもね」


その日の夕方。

ぼくは一人で、その石の前に立った。


風が吹いた。

そのとき、ほんのかすかに、キンモクセイの香りがした。


——石が、記憶していたのか。

——それとも、ぼくのなかが、忘れていなかったのか。


わからないけど、指先があたたかかった。


なんだか、それで十分な気がした。



人はふれることで、なにかを記憶します。

皮ふは、目よりも長く、静かに“思い出”をしまっていてくれるのかもしれません。

タケルが感じたぬくもりは、ほんの一瞬の“返事”だったのでしょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ