第016話 『ぼくは、きみだった』
もし、君が世界にいるすべての人だったとしたら──
君が笑わせた人も、君が泣かせた人も、ぜんぶ。
それは、ちょっとこわくて、でも…やさしい話かもしれません。
あの日、ぼくはちょっとしたことで友達を怒らせてしまった。
おこって帰っていく背中を見てると、胸がチクチクした。
夕方、アスのところに行って、そのことを話すと──
「アス、ぼく、やなやつだったかな」
アスは、すこし考えてから言った。
「ううん。どっちかというと、君は“人間”だったんだと思う」
ぼくはため息をついた。
「アスはいいよね。ちゃんと怒らせたりしないし、いつもすごくて」
アスは、ぷいと顔をそらして、窓の外を見ながらつぶやいた。
「でもさ、もし…もしもだけど、君が“その子”だったら、どうする?」
「え?」
「つまりね、君が怒らせた子も、君なんだったらどうする?」
「どういう意味?」
アスは、ゆっくりと話し始めた。
「ぼく、前に読んだことがある。“この宇宙にいる人間は、たったひとつの魂の成長の過程かもしれない”って」
「たったひとつの魂…?」
「そう。人間がたくさんいるように見えるけど、ほんとうは、ひとりの魂が、いろんな人生を順番に生きてるんだって。ぼくも、君も、先生も、戦争の兵士も…みんな同じ魂」
「…え、それじゃあ、ぼくがいま怒らせた友達も…?」
「そう。君が彼を怒らせたのは、いつか自分が怒られる側になったとき、ちゃんと理解できるようにするため」
「でも…それって、すごくさみしくない?」
「ううん。逆に、すごくあたたかいと思った。だって、誰かを大事にすることは、自分を大事にすることになる。だからこそ、やさしくなれるんじゃないかな」
ぼくは、すこしだけ考えてから言った。
「でもアス、それってほんと? それとも、そうだったらいいなっていう話?」
アスは目を細めて、夕日を指差した。
「ほら、あれ。太陽。あの光が、きみの目の中に入るってことは、光は、きみの一部になってるんだよ。
この世界は、ぼくたちの中にあるんだ。だったら、きみがだれだったって、不思議じゃないよね」
ぼくは、うまく言葉にできなかったけど、なんだか胸の中がぽっとあったかくなった。
──
夜、ひとりベッドの中で、ぼくは考えた。
「もしかしたら、ぼくはぼく以外のだれかだったかもしれない」
そして、またぼくになるまで、この世界を旅してるのかもしれない。
だったら、明日はもうちょっとだけ、やさしくしてみようと思った。
人を大切にすることって、むずかしいときもあります。
でも、もしその人が、自分だったとしたら?
そんなふうに考えたら、ちょっと世界があたたかく見えるかもしれません。




