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題014話『声をかけない赤ちゃん』

怖い話をしていたはずなのに、最後は静かで切ない気持ちになった。 言葉よりも先にあるもの。触れられない思い。 「ことば」が「声」だけじゃないことを、タケルとアスは少しだけ知る。

今夜は、タケルの家の仏間で、アスと兄と三人。


「じゃあ次、アスの番だよ」 とタケルが言うと、アスは座り直しながら静かに言った。


「800年前の話をするね。実話だよ」


アスの声は、いつもより少し低かった。


「昔のヨーロッパの皇帝、フリードリヒ2世が、人間の“ほんとうの言葉”を知りたいって思ったんだ。赤ちゃんがどんな言葉を自然に話すのかを調べるために……ある実験をした」


「どんな?」 タケルが眉をひそめる。


「赤ちゃんを部屋に閉じこめて、誰にも話しかけさせず、抱きもしない。食事だけ与えて、他のことはしない。……何も伝えない。見つめもしない。触れもしない」


兄が小さく「ああ……それは……」とつぶやく。


アスは続けた。 「結果、すべての赤ちゃんが死んでしまった。誰も話さなかった。誰も笑わなかった」


部屋の空気が重くなる。


「なんで……」 タケルが小さな声で言う。 「なんで死んじゃうの……話しかけないだけで?」


「言葉は、声だけじゃないからだと思う。触れること、そばにいること、目を合わせること。そういう全部が、“ことば”なんだよ」


アスは、ふと少し遠くを見た。


「でも……ぼくの弟はちがう」


タケルはアスを見る。


「ぼくの弟は、触れられるのが苦手。音が形に見えるし、人が近づきすぎると世界が壊れるみたいになる。言葉がうるさくて、意味の前に痛みが来る。……だから、誰かが優しく触れても、それは“優しさ”じゃない」


「……え、でも……さみしくないの?」 タケルの声が、少しゆれる。


「それは、ぼくらが決めることじゃないと思う。彼の世界では、色や音、風や光が、彼なりの“言葉”なんだよ」


兄がぽつりと口を開く。


「そういう世界を、俺達が知らないだけか……」


静かになった部屋に、タケルが小さくつぶやいた。


「ふれられないことが、やさしさってことも……あるんだね」


アスは、仏間の柱によりかかって、目を閉じた。


「それを知らなかったのが、800年前の人たち。……でも、ぼくらは、ちょっとずつ知っていける」


その夜、タケルは、弟がキンモクセイの木の前で立ち止まっていたときのことを思い出していた。 あのとき弟は、香りを“見るように”していた。 言葉もないのに、そこには何かがあった。


――――


この話は、800年前に実在した恐ろしい実験をもとにしています。 でも、それはただの過去の話ではありません。 誰かに「伝わらない」と感じるとき、もしかしたら、その人の世界では違う“言葉”があるのかもしれません。 アスの弟や“数字くん”のように、言葉以外の世界が見える人たちに、少しでも近づけたら──そんな願いをこめて


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