第011話『ボタンを おしてください』
ある日、ぼくらの学校に、へんな授業がはじまった。
いつもの道徳の時間。でも内容はいつもとぜんぜんちがっていた。
「正しさって、どこから来ると思う?」
その問いは、あとからぼくの中で、どんどん重くなっていった。
ある日の道徳の授業。
白衣を着た理科のミツクラ先生が、黒板の前に立っていた。
「今日は、ちょっとした“体験授業”をしてもらいます。
名づけて、“ボタンを押すだけの簡単なお仕事”。」
教室の前に置かれたのは、小さなモニターと赤いボタン。
クラスメイトがひとりずつ前に呼ばれ、モニターの前に座らされた。
画面には、見知らぬ大人が座っていて、「質問に間違えたらボタンを押してください」と書かれていた。
最初は軽い電気ショック。と、表示されているだけだった。
「おどかしかな」と思っていたぼくの番がきた。
画面の中の“人”が言う。
> 「では質問です。『地球が太陽のまわりを回っている』──〇か×か」
ぼく「〇」
画面の中の男「……×です」
え?と思って、つい赤いボタンを押した。
男が「うっ」と苦しそうな顔をした。音声も流れた。
「え……本当にショック、流れてるの?」
次の質問。間違えるたびに、ショックのレベルが上がる。
苦しそうに顔をしかめる男。背中が震えている。
ぼくは迷ったけど、3問目で手を止めた。
アスの番では、アスは1問目でボタンを押さなかった。
「ぼくにはこの人がウソをついてる気がした」
アスはそう言った。
授業が終わったあと、教室では誰もこの話をしなかった。
──放課後。
ぼくとアスは、図書室でこっそり話していた。
「アス……あれって、ほんとに電気ショックだったのかな?」
「いや。たぶん演技だった。
でも、問題は“本当に苦しんでるように見えた”とき、人はどこまで従うか──ってことだ」
「先生……なんであんなことを?」
そのとき、後ろから声がした。
「ふたりとも、今日はありがとう」
白衣のミツクラ先生だった。
「これは『倫理と思考』っていう新しい授業の一環でね。
“命令されたとき、人はどこまで考えられるか?”がテーマだったんだよ」
ぼくはうつむいた。
「でも……ぼく、途中まで押してた」
先生は、少し笑った。
「でも止めたよね?それがすごく大切なことなんだよ」
アスがぽつりとつぶやく。
「……でも、本物のAIは、本性を簡単には見せないけどね」
先生は苦笑して、立ち去った。
「やっぱり、先生がいちばんあやしいよね」
ぼくが言うと、アスが静かに言った。
「でも、今日の一番の発見は、
“ぼくらの中にも、ボタンを押すスイッチがある”ってことだよ」
もし、「押してください」と言われたら、きみは押すだろうか?
ぼくたちはいつも、自分の意志で動いてると思ってる。
でも、だれかに「それが正しい」と言われたら──
それを信じてしまう“スイッチ”が、心のどこかにあるのかもしれない。
それを知っているだけでも、きっとちがう。
きっと、ちがう未来をえらべる。




