第008話『なまえは、ぼくじゃない?』
お寺の仏間で、ぼくは自分と同じ名前の“誰か”の存在を見つけた。
タケルという名前は、ずっと前からあったらしい。
ぼくがつけてもらったものだけど、それはほんとうに“ぼくの名前”なんだろうか?
名前って、いったいなんだろう?
仏間のすみに置かれた、古い位牌。
タケルは、そこにうすれかけた文字を見つけた。
「……え?」
そこには、たしかにこう刻まれていた。
「釋 健流」
――たける。
自分と、まったく同じ名前。
「おとうさん、これ……」
父は、お経の本を片づけながら答えた。
「お前のひいひいおじいさんの名前だよ。立派な人だったんだよ」
「へえ……」
それだけのはずだった。
でもその晩、タケルは不思議な夢を見た。
――まったく知らない場所。知らない服。知らない言葉。
だけど、なぜかとても懐かしくて。
誰かが呼ぶ。
「……タケル!」
目が覚めた。心臓がドクドクいっていた。
次の日、アスに話した。
「ぼくの名前、ずっと前にもあったんだって」
「知ってるよ。お寺の名前の記録は、全部“生”と“死”が並んでる。名前が繰り返されることもよくある」
「でもなんか、夢見たんだ。その人の夢かもしれない。もしかして、名前のせいで?」
アスはうなずくように小さく笑った。
「あるよ、そういうの。名前は“音”だからね。言葉の周波数が、その人の記憶にふれてしまうことがある」
「それって……こわくない?」
「ぼくは好きだよ。名前は、見えない“物語”を引っぱってくる。
もしかしたら君が夢で見たのは、記録に残っていない“生きていた誰かの一日”かもね」
タケルは少しこわくて、でもどこか、あたたかかった。
校庭で風が吹いた。
「あ、でもさ」
「ん?」
「“タケル”って名前、ぼくの兄ちゃんの名前から取ってるって聞いたことある」
「へえ。兄弟で、名前がつながってるのか。いいね」
アスは少し考えてから、こう言った。
「じゃあ、名前はやっぱり“継がれる情報”なんだ。血と、記憶と、響き。全部が、その名前に入ってる」
「……ぼくって、ほんとうに、ぼく?」
「わからない。だけど、“なまえ”を呼ばれたときに返事をする、それが君だよ」
「……ふうん」
そのあと、タケルはお寺の廊下を歩きながら、もういちどあの名前を小さくつぶやいた。
「……タケル」
まるで、遠くの“自分”に呼びかけるように。
名前って、ただの記号じゃない気がします。
呼ばれたとき、胸の奥が少しだけ反応する。
それは、過去に誰かが呼ばれた“音”の残響なのかもしれません。
アスの言うように、名前には記憶と物語が隠れている。
あなたの名前にも、どんな物語が流れているんでしょう?




