第004話『笑う数式』
ことばじゃない言葉で、世界とつながってる子がいた。
数字で笑う子。
ぼくたちはその世界に、耳をすました。
土曜の午前。
駅前の市民センターで開かれているプログラミング教室に、タケルとアスは参加していた。
その部屋のすみっこに、ひとりの男の子がいた。
ずっとノートに数字を書いている。誰とも話さない。
「ねえアス。あの子、だれともしゃべってないね」
「うん。でも……たぶん、数字と会話してる」
男の子は、パソコンの画面をじっと見て、急にふっと笑った。
数式が完成したときの“わかった”顔だった。
先生が来て、「○○くん、これ何をしてるの?」とたずねる。
でも、男の子はうなずきもせず、画面にこう表示されていた。
> 1729 = 1³ + 12³ = 9³ + 10³
「ラマヌジャンの“タクシー数”じゃないか」と、アスがささやく。
「え?なにそれ?」
「数字の中に隠れてる、美しい偶然。彼には“意味”が見えてるんだ」
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アスは、その子のとなりに座る。
男の子はチラとアスを見て、今度はノートに書いて見せた。
> 1 : 1.618
「黄金比。だけどこれは、きっと“楽しい”とか“気持ちいい”って意味で書いたんだと思う」
アスはそう言って、笑った。
ふたりはそのあと、ノートに数式を書き合って、静かに笑っていた。
数字で会話しているみたいだった。
タケルはぽつりと聞いた。
「アス……あの子、しゃべれないの?」
「ううん、言葉が苦手なだけ。でも、代わりに数字がある」
「彼の目には、世界が“数”で見えてる。
弟も、音に“色”が見えてるよ。
**共感覚**って言うんだ。
それぞれちがう方法で、世界を感じてる」
「へえ……弟と、似てるんだね」
「そう。ぼくは、彼らの世界に、少しでも近づいてみたいと思う」
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授業の終わり。
迎えにきたお母さんが、先生と小さな声で話していた。
「数字くんは、自閉症スペクトラムなんです」
「でも、数字の感覚はすばらしくて……」
帰り道。
アスがタケルに言った。
「“ことば”だけが、コミュニケーションじゃない。
世界の感じ方って、人の数だけあるんだよ」
タケルはうなずいた。
数字くんのノートにびっしりと並んだ数式は、
タケルには“歌ってる”ように見えた。
数字で笑う子。
音に色を見る子。
世界の感じ方は、たった一つじゃない。
ちがう見え方をしている子が、
きっとそこに“いる”んだ。




